「慟哭(どうこく)」悲しみのため声を上げるほど激しく泣くこと。
手話教室の友人が『デフ・ヴォイス』の続編を貸してくれた。
4編から成る短編集だ。
第1話『慟哭は聴こえない』
「Codaコーダ」(両親ともにろう者である聴こえる子)として育った荒井は紆余曲折を経て手話通訳士となった。警察官の妻みゆきと彼女の連れ子、小二の美和と暮らしている。
ある日産婦人科での通訳を依頼され、ろう者であるしのぶ夫婦と関わっていくこととなり、やがて陣痛は予期せぬときに始まった。
「もうすぐ着きますからね」隊員がしのぶに向かって声を掛ける。荒井はそれも通訳したが、痛みで目を閉じがちな彼女には届かない。
「そうとう前から痛かったんじゃないですか?」隊員が非難するように荒井に言った。「もっと早く呼んでくれれば」
「できなかったんですよ!」思わず叫んでいた。「彼らは耳が聴こえないんだ、緊急の119番がしたくてもできないんです!」
第2話『クール・サイレント』
荒井は、人気上昇中のモデルHALの手話通訳をすることになった。端正な顔立ちをした22歳の青年は、耳がまったく聴こえない。しかし口話を読み言葉を発することもできるが故に、悩みを抱えていた。彼は荒井に、日本手話を教えてほしいと頼んでくる。
第3話『静かな男』
廃墟で死んでいた男は、あるところでは「オトナシ」さん、またあるところでは「ミッキー」と呼ばれていた。聴こえないのかしゃべれないのか、支援していたNPOでもわからない。荒井は、刑事何森に呼ばれ、男が手話らしき動作をしている画像を見せられるが、それは荒井が知る手話ではなかった。
第4話『法廷のさざめき』
28歳会社員のろう者弥生が、在籍する会社を訴えるという。荒井がはその通訳を引き受けた。入社時の約束、手話通訳を入れる、聴者と同じ待遇をするなど、守られていないことに対しての訴えだ。
だが法廷で、彼女が「聴こえる振り」「しゃべれる振り」をしていたから招いたことなのではないかと、弁護士は言う。
「聴こえる振りをした」「しゃべれる振りをした」わけではありません。私は、精一杯聴こえる人たちに歩み寄ろうとしたんです。少しでも負担をかけないように、少しでも迷惑にならないように。何とか口を読み取ろうと。何とか声を出して伝えようと。
また同僚の女性は、弥生は協調性に欠けるところがあったと証言した。ランチや飲み会に誘っても来なくなったと。
みんなの会話が分からなかったからです。お店など大勢がいる場所では、補聴器をしていると音が割れたり雑音ばかりが大きくなるのでつけません。みんなが何を話しているかほとんど分からなかったし、私の言うことも伝わっていなかったでしょう。私は、みんなの会話を「聞いている振り」をしているしかありませんでした……。
切ないなあと思う。
わたしは人見知りで、わいわいがやがやしているシーンが苦手で、言葉が通じてもひとりぽつんと孤立してるって感じることがあるのに、みんなが何をしゃべってるか、何に笑ってるか、まったくわからないところでおしゃべりするなんて。
手話教室に通い始めて3年経った。それでも読んでいて、当然だけれど、ろう者の気持ちがわかってないことを実感した。ああ、考えてみればそうだという驚きがそこここに散りばめてあり、ハッとさせられた。
たとえば、停電したとき。
「あ、停電?」「わ、マジ?」
なんて会話することで、きっとわたしたちは安心していた。
けれど耳が聴こえなければ、突然真っ暗になって、わけもわからず情報もなく、会話することもできない。それは想像はできても理解を超えるほどの強い不安、大きな恐怖だろう。
そんなことごとを多くの人に知ってもらうためにも、たくさんの人に読んで欲しい小説です。
表紙絵の美和がしている手話は知りませんでした。表題作に出てきます。
この本のまえに『龍の耳を君に~デフ・ヴォイス』が出版されていたんですね。いくつか流れがわからないところがありました。こっちも読みたいな。
裏表紙には、妹、瞳美を抱く美和が描かれていました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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