神戸に帰省中、スーツケースの鍵が壊れた。
3桁の数字合わせ錠だ。あらかじめ設定した数字に合わせると開くようになっているはずが、開かない。メーカーに問い合わせると、修理コーナーを置いている店舗でならすぐに鍵をとりかえてくれるという。だが、中身を出したい。
「ちょっとやらせて」
夫がメーカーに電話している横で、鍵の数字を回し始める。
あてずっぽうにやっているわけではない。000から999まで数字を合わせていけば、必ず開く。そして、推理もした。多分設定した数字に近いナンバーで開くのではないか。設定した数字が例えば0なら、1か9にずれているのでは? と考えた。推理はぴたりと当たった。
「あ、開いた」
夫が電話しているあいだに、鍵は開いた。3分ほどだっただろうか。あっけなかった。
そのときの感じが好きだった。
開錠されたときではない。落ち着いて座りこみ、数字と対峙しようと決意したときの心持ちだ。
何かを手放したような、何かをあきらめたような。
思うに「時間」を手放したのだろう。とても軽くなったその感じ。それが好きだった。
鍵は店舗に持ちこみ交換してもらった。その時間も、ものの5分とかからなかった。
3桁の数字と、開かないスーツケースと、そしてこれまで気づかなかった時間を捉える感覚の不思議。
神戸で暮らす義父が風邪から肺炎を起こし入院、転院。山梨と東京、神戸を2往復し、何をしたのか忘れてしまうほどにいろいろあった1週間だったが、そのなかのひとつの小さな事件だった。
RIMOWAのミニサイズのスーツケースです。今はもう製造していないタイプだそうです。
この鍵です。
夫がファスナーにつけたのも3桁の数字合わせ錠でした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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