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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『卵の緒』

もう何年も、息子に会っていない。

東京で暮らす彼に、上京した際、食事でもしないかと誘っても、返事はいつも同じ。「忙しい」のひとこと。会う気はないということだ。彼はここ数年、こうして夫とわたしを遠ざけている。眠れない夜に考え込んでしまうと、たどり着く先はいつも「母親である自分に足りなかった何か」という場所だ。

30歳になった息子は、何を思って日々暮らしているのだろう。

今の彼に、わたしと暮らした18年間は、どんな影響を与えているのか。

もっとこうすればよかった、と後悔することは数限りない。

 

「失敗した目玉焼きを、夫に出すか、息子に出すか」

ママ友たちの間で、こんな議論が交わされたことがある。夫、息子、どちらを選ぶにしても、より気を使う相手、尊重しなければならない方には、失敗した目玉焼きは出さないという答えになる。逆に甘えられる、笑って許してくれる近しさを持つ方になら、失敗した目玉焼きでも出せるということになる。

夫との、また息子との微妙な距離を測る話題で、とても印象に残っている。

わたしはそのとき、どちらにも出せないなと思った。その正直な気持ちは、わたしの家族との距離の遠さを表していたのではないかと思う。

 

瀬尾まい子の『卵の緒』は、血の繋がらない母親と息子の話だ。

物語は、小学4年生の育生(いくお)の一人称で語られていく。

彼は日頃から自分は捨て子だという疑惑を持っていて、学校で「へその緒」の話を聞き、見せてくれとせがむ。ところが母さんが出してきたのは卵の殻だった。

「母さん、育生は卵で産んだの。だから、へその緒じゃなくて卵の殻を置いてるの」

母さんはけろりとした顔でそう言った。

「そんなわけないじゃない。人間は卵で生まれないんだよ」

そうだ。哺乳類はお母さんのおなかから生まれてくるのだ。僕はまだ九歳だけど、それくらいのことはちゃんと知っている。

「育生。世は二十一世紀よ。人間が月へ飛んでいくのよ。ロボットが工場で働くのよ。コンピューターでなんでもできるこの世の中。卵で子どもを産むくらいなんでもないわよ」

そして親の証しは目に見えないものだといい、育生を思いっきり抱きしめる。血は繋がらずとも、この母子の距離は、ほんとうに近い。

その後、母さんは恋をして結婚し、妊娠する。6年生になった育生は、

「あれ、今度は卵で産まないの?」

と、母さんをからかうほどに大人になっていて、母さんは育生に、彼の出生の秘密を打ち明けるのだった。

 

無論テーマは、血の繋がりだけではない親子、家族の絆を描いてる。

だがわたしがいちばんに感じたのは、育生と母さんの人としての距離の近さだった。いつも一歩引いてしまう自分にはないものを、強く感じた。そして、こんな関係を築ける母親だったら、とふたたび考え込む。

だがもちろん知ってもいる。誰かのような母親になど、なれるわけもないのだ。

 

それでも、これからのことはわからない。こちらから近づいていくしかないにしても、少しでも距離を縮めることはできるかも知れない。

『卵の緒』を読むと、笑って泣いてすっきりとして、息子に電話したくなる。

CIMG6609父親になった朝ちゃんは、育生に、生の卵を赤ちゃんの代わりにして赤ちゃんを扱う練習をしようと持ちかける。同じくらい壊れやすいからと。

COMMENT

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  1. papermoon より:

    さえさん、こんにちは!

    息子さんに何年もお会いしていないということですが、
    『便りのないのは良い便り』という諺もあることだし、
    毎日元気に暮らされているのではないでしょうか。
    お仕事が忙しすぎるということもあるかも。
    失敗した目玉焼きの話は「なるほどな~」と考えてしまいました。
    私だったら失敗した目玉焼きはとりあえず私の分にして、
    新たに焼きなおすかな。
    あとは失敗した目玉焼きの上にソースとか醤油をかけてごまかして夫に出すとか(笑)
    息子さんもいつか家庭を持って子供が生まれて育てていく過程で
    さえさんがいかに自分のことを心配してくれたかわかる日が来ると思いますよ。

    • さえ より:

      papermoonさん
      ありがとうございます♩
      そうですね~きっと、元気にやっているんでしょうね。
      目玉焼きの話、ちょっと心理テストっぽくておもしろいでしょう?
      やっぱり失敗した目玉焼きは、自分の分ですよね。
      ソースかあ。うちはみんな塩胡椒派だから、かけたら逆にブーイングだな(笑)
      息子も家庭を持つ日が来るのかな~?
      いつか笑って話せる日が来るといいなと思います。

  2. ぱす より:

    こんばんわ。
    きっかけがあれば、その糸口を息子さんは探しておられるかも知れませんね。
    でも、きっとずっと気持ちの中にあるはずです。
    親子の形は、いろいろですね。同じ形はないような気もします。

    目玉焼きのこと。
    私は夫に、ぐちゃぐちゃの方を出しますね・・。
    本当は、いけないのかも知れませんが、息子たち主導で私はやって来たような気がします。
    しかしここ一番の相談は、私よりも父親にしています。二人とも。男の子はそうなのかな~。
    今回の転勤の第一報も、夫のLINEにしてきましたからね・・。
    ちょっと、寂しかったですよ。。(笑)

    • さえ より:

      ぱすさん
      ありがとうございます♩
      親子の形は、ほんといろいろですね~
      今日は娘たち二人から別々にLINEがありました。こういうの、ちょっとうれしいですよね。
      ぱすさんは、失敗した目玉焼き、ご主人にですか。
      息子さんたちを尊重してるってことにもなりますが、ご主人には甘えられるってことでもありますよね。
      ここ一番の相談は父親に。うちもありますよ~社会での経験値の差かな~?
      そうはいっても、そんな小さなことひとつでも淋しいんですよね~

PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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