久しぶりに手巻き寿司をした。夫婦ふたりの夕餉である。
買い物はひとりで済ませたのだが、不安になった。久しぶりということもあったが、忘れ物の記憶がよみがえったのだ。
家族5人揃っての手巻き寿司は何かあるたびに用意した祝いの献立だ。あれとこれとあれ。抜かりなきよう揃えたはずが、ああ、あれを買い忘れていた、ということがよくあった。
例えば、海苔。もうこれは、再度買い物に行かなくてはならないことは決定している。寿司酢。あると思っていたのに足りなかった、作るか。納豆なら、まあいいかということになるが、いくらは食卓の雰囲気を悪くするだけの存在感があった。大葉がない手巻き寿司は、わたし自身食べたくない。
不安にはなったが、何も足りないものはなく、楽しい夕餉となった。
いただきものの海苔が厚くパリッとした食感で、主役の座を奪った。いただいた人のこと。ご近所にお裾分けしたこと。同時にいただいて、もう食べきってしまったお寿司屋さんの海苔。そのお寿司屋さんでのこと。
記憶は、流れゆく川のようだ。ひとつの記憶が、その流れに隣り合わせた別の記憶を手繰り寄せ、絡み合うように流れていく。
5人家族だった頃の食卓の記憶は、どこの家庭でもそうだと思うがいいものばかりではない。誰かが怒り誰かが泣いたり、みなが口もきかずに食べたり、途中で食事を投げ出したり。ドラマじゃなくても、普通にそんなことが起こる。
けれど今思い出すのは、単に忘れ物の記憶だけだ。しかし、それ以外のことすべてを忘れたのかといえば、そうではない。
海苔を手にとるたび、酢飯をしゃもじでよそうたび、大葉を刺身を箸でつまむたび、頭ではないどこかで、記憶とも言えないようなどこかで、いいことも悪いことも、笑ったことも泣いたことも、たぶん身体じゅうで覚えている。
こんなに食べられないだろうと思いながらも、大皿いっぱいに並べました。
家を建てたお祝いにと、設計士さんにいただいた大皿です。
2枚あります。同じ柄ですが、色の具合が違っています。
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随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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