庭のふきのとうを、収穫した。
苦味が旨味である。ビールに代表される苦味大好きなわたしの、大好物だ。
さて。子どもは親の背中を見て育つというが、生きる根本である食も基本、親の動向を見て子どもは安全な食材を見分けていくらしい。口に入れて苦味が広がるふきのとうも、親が美味しそうに食べていれば安全だと知らず知らずのうちに判断していく。ビールも珈琲もふきのとうも、苦いけれどどうやら食していいらしい、食することで大人への道が開けていくらしい、と判断する、らしい。
ところが、である。
「美味しい!」
そう言ってふきのとうを食べるわたしと夫を、いく度となく子どもたちは見てきた。それなのにいまだ、ふきのとうを美味しいとは思えないようだ。
「もったいないなあ。こんなにも美味しいのに」
そうも思うが、これほどに灰汁が強い食材なのだから、もう嗜好品の域に入るだろう。無理強いするほどのことでもない。
「彼らもいつか、ふきのとうを美味しいと食べる日が来るだろうか」
ただ、待つのみだ。庭にも近隣にも天然モノのふきのとうはあるし、いつでも天麩羅を揚げる用意はできている。
しかし、はたと気づいた。彼らは、ビールも珈琲もたしなむ程度。それほど好きではない。
「もしやわたし、反面教師になってた?」
お母さんったら、なにもこんなに苦いものを好き好んで食べなくてもいいのに。そう思っているのだったら?
「いやいや。そういうところくらいは、人の世に習って親の背中見て育とうよ。ふきのとう、安全だよ。効能だっていっぱいあるんだよ」
などとひとり言い訳しつつ、ほろりと苦いふきのとうの天麩羅を頬張った。
「子は親の背中を見て育つ」
考えるに、親の背中には反面教師という役割もしっかり刻みこまれているのだ。
顔を出したふきのとう。可愛いな~。とんがっているこれは、雄花です。
いくつかかたまって寄り添っているものも、ありました。丸っこいこれは雌花。
庭には、様々な野鳥がやってきます。水を飲むヒヨドリ。
顔つきがちょっと怖いけど(笑)気は優しいシメ。
ヤマバトが来ると、ほかの鳥たちは逃げていきます。「逃げろ~」byシメ。
夕食前に、ビールと一緒にいただいた採れたてふきのとうの天麩羅です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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