井上荒野という穴に落ち、沼にハマり、読み続けている。
セックスレスに悩む伽耶(かや)は、結婚15年目の41歳。夫の匡(ただし)は、ひとつ年上の42歳だ。
「あなた、恋人がいるでしょう」
いつもの朝食の席で、珈琲が冷めるのにもかまわず新聞を広げている匡に、伽耶が言う。いったんは誤魔化した匡だったが、家を出てから伽耶に電話する。
「君もいるだろう、恋人」
小説は、入れ替わり立ち代わり、4人の視点で語られていく。
匡と伽耶、そして匡の恋人、朱音(28歳)と、伽耶の恋人、誠一郎(43歳)。
どこへも向かえない4人は、もつれあい絡みあい、あろうことか4人で海へとキャンプに出かけることになる。なってしまう。
朱音は、考察する。
ウサギが寝ている間にカメが勝つ。たとえへたでも、一生懸命がんばることが大切です。小学校の道徳の時間に教わったことは正しかったのだと思える数少ない事例が、匡のセックスだ。
誠一郎は、思い出す。
電話をかけてきたのは向こうからだったにもかかわらず、ガードは案外堅かった。いちばんそそられたのは、よりを戻しちゃいけないと彼女が本気で思っていたらしいことだった。
匡は、得心する。
この女を組み敷いたという事実、この男にあのときの声を聞かれたという事実が、夫婦というものをかたちづくっていくんだ。
伽耶は、嫌になる。
どの匡も伽耶の記憶の中の匡、伽耶がかつて知っていた匡だったから。そういう匡を愛しく思っていた。でも、今の匡はもう違う。そういう匡は、今はあの娘の前だけにあらわれるのだろう。伽耶の前にはついぞあらわれない。あらわれないのに、記憶の中だけに残っているなんて理不尽このうえない。
ラスト、すとんと腑に落ちた。この長編を読み終えた人にしかわからない形の氷解の仕方だった。
愛とセックスは同じじゃなくて、ラブとニードもまた違って、でも集合の丸い図形には重なる部分が行ったり来たりして、さりとて数学のように正解があるわけでもなく。
ほんと愛って、なんなんでしょうねえ。
浮き袋のひらひら部分になつかしさを覚える表紙絵です。解説は、精神科医の香山リカ。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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