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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『ジョゼと虎と魚たち』

ゴールデンウイーク。のんびりと再読した。

田辺聖子の短編集『ジョゼと虎と魚たち』(角川文庫)だ。

夫婦や恋人たち、別れた男女、恋に落ちたがどうにもならないふたりなど、男と女の、近いようで遠い心の持ちようを描いた短編が9話収められている。

 

『恋の棺』
29歳の宇禰(うね)は、姉の息子、つまり甥である19歳の有二に惹かれていた。そんな彼女の独り言のような小説だ。三人称でかかれているが、ぶれることなく宇禰の目線で進んでいくので独り言のように感じた。
重要なキーワードは「二重人格」。宇禰は、別れる前に夫から投げつけられたその言葉に傷つき、自分の多面性を客観視しては乾いた傷を眺めるように生きていた。有二との恋は、その傷を昇華させていく。

宇禰のやさしい微笑からは、恋の棺を埋めた人とは見えないだろうと宇禰自身、思われる。しかし宇禰はこの悦楽を尖鋭化するために、二度と有二と機会を持とうとは思わないのだ。宇禰はそういう決意を匕首(あいくち)のようにかくし持ちながら、微笑んでいる自分の「二重人格」が、いまはいとしく思えている。これこそ、女の生きる喜びだった。

『荷造りはもうすませて』

えり子は、結婚して幸せに暮らしている。夫は定期的にもと妻と子どもたちが住む家へと出かけていく。それはしかたがないことだ。だが、まるで行きたくはないのだと言っているかのように、その日不機嫌になる夫には腹を立てている。

(不機嫌というものは、男と女が共に棲んでいる場合、ひとつっきりしかない椅子なのよ……)

とえり子はいいたいのである。

(どっちか先にそこへ坐ってしまったら、あとは立っていなければならない椅子とり遊び。自分が坐っちゃいけないのよ)

『いけどられて』

会社の若い女の子を妊娠させてしまい、別れ話を切り出した夫。茫然自失となった梨枝に、白状してすっきりしたのか夫は言うのだった。

「めし。早よめしにしてえな。腹、空いたやないか」

「ゴハンなんか知ったこっちゃないわよ、自分でやりなさいよ!」

「何を食うねん。今晩、何やねん」

稔は雷が落ちても槍が降ってきても浮気が発覚しても、何はともあれ、梨枝が食事の支度をしてくれることをつゆ疑わぬようすである。それは自分の欲望にだけまじりけなしに忠実な、すこやかな輝くばかりのエゴであった。

『ジョゼと虎と魚たち』
下肢が不自由なジョゼは、他人とつるまず、障害者の集まりにも参加しない。恒夫にはいつも高飛車な態度で、車椅子に乗せてもらうのが遅れたりすると、容赦なく文句を言う。自分を捨てた父親のことを優しい人だと思って疑わず、恒夫が悪く言おうものなら、ものすごい剣幕で怒る。ジョゼは、虎が怖い。嬉しすぎると不機嫌になる。そして、魚たちを見るのが好きだ。

( アタイたちは死んでる。「死んだモン」になってる)
死んだモン、というのは屍体(したい)のことである。魚のような恒夫とジョゼの姿に、ジョゼは深い満足のためいきを洩らす。恒夫はいつジョゼから去るか分からないが、傍にいる限りは幸福で、それでいいとジョゼは思う。そしてジョゼは幸福を考えるとき、それは死と同義語に思える。完全無欠な幸福は、死そのものだった。

『雪の降るまで』

男との逢瀬を、恋を繰り返すことを「趣味」と言い切る以和子。

〈あんたはいつも、『つづき』にならへんのやなあ。一回ごとに完結して、また新しィにはじめるお人やなあ〉

と大庭にいわれたことがある。以和子は自分でも、なんでこんなんやろ、と思うことがあるが、自分でも手古摺るくらい、大庭に会うとき恥ずかしいのであった。

心を通い合わせようとしても、根底にあるすれ違う部分に否応なく踊らされる男と女。わかろうとしてもわかり合えない、近づこうとしても近づけない男と女。そういうものかも知れないなあと思った途端、不意に涙がこぼれるような短編集だった。

CIMG0539表紙の乳母車は、映画『ジョゼと虎と魚たち』のイメージですね。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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