『パリのすてきなおじさん』を、引き続き楽しんでいる。
今回は、人生について深く語るおじさんを紹介しよう。
「人間を好きにならなければいかん」と言うのは、『あそぶおじさん』のムフーブ・モクヌレ(毎日競馬場に通う人・92歳)
ムフーブさんはもと警察官だった当時、一度も人を殴らなかったという。手帳を見せればみんな言うことを聞いてくれたからだ。しかしパリは変わった。今警察官として生きるのはほんとうにたいへんなことだと語る。
人生で大切なことはなんですかと質問したら、もじゃもじゃ眉毛がピクリと動いた。
「差別もテロもずーっと昔からある。これからもなくならんだろう。でもわしやあんたのような勇敢な人間もいる」
そう言ってシワシワの大きな手でわたしの肩をポンと叩いた。
「人間を好きにならなければいかん」
「人は変わることができる。変わらなければいけない」と言うのは、『いまを生きるおじさん』のロベール・フランク(75年前隠れた子どもだった人・87歳)
第二次世界大戦中、フランスでも大量のユダヤ人虐殺が行われていた。ポーランド出身のユダヤ人であるロベールさんは、家族と引き離され、しかしユダヤ人の子どもたちを助けようとしていた人たちによってかくまわれていた。終戦後も、家族とは会えないままだ。すべてのドイツ人が憎かったという。だが今はドイツ人の友人とも親しくしている。
「人間には、人を憎む気持ちがある。権力者がそれを奨励する」
あぁ、権力者は憎む気持ちを利用する。いつも時代も。
「だけど、人は変わることができる変わらなければいけない」
別れ際、ロベールさんはわたしの手を握り、そのまま肩を抱いてくれた。わたしはロベールさんの孫娘になったような気持ちで、そのぬくもりを味わった。
「大事なのは将来ではない。いまですよ」とは、同じく『いまを生きるおじさん』のレ・ディン・タイ(癌の研究をしていたベトナム人・76歳)
パリで医学生だったタイさんは、その頃ベトナム戦争の余波で妹を亡くしている。ボランティアで難民収容施設の医師もしていたという。
「人生で大切なことはなんですか」
「いま、このときを味わうこと」
即答だ。ベトナム戦争とその余波のなかで、そして癌の研究を通して、じつに多くの死を見てきた。だからこそそう思うのだと語った。
「大事なのは将来ではない。いまですよ。いま、この瞬間に大事なものをちゃんと愛することです」
心に傷を抱えているからこそ、語ることができるであろう言葉たち。
差別、テロ、戦争。人が人を傷つける出来事。しかしそうやって人によって傷つけられることが繰り返されていても、人は人を愛して生きていく。
ムフーブ・モクヌレさん。
ロベール・フランクさん。
レ・ディン・タイさん。
セーヌ川とエッフェル塔ですね。穏やかな風景。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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