尾行。したことありますか? されたことありますか? してみたいですか?
台風の吹き荒れる夜、録画していた映画『二重生活』を、観た。
「秘密を知ること、それは、震えるほどの興奮」と謳われる、すでに読んだ小池真理子の小説だ。レビューはこちら。
哲学を学ぶ大学院生、白石珠(たま)【門脇麦】
珠と同棲するゲームデザイナー、鈴木卓也【菅田将暉】
近所に住む出版社勤務、石坂史郎【長谷川博己】
珠が通う大学院の教授、篠原弘【リリー・フランキー】
監督・脚本【岸善幸】
映画は、ソフィ・カルの『本当の話』の引用から始まる。
何か月か前から、街なかで見知らぬ他人の後をつけるのが習慣になった。後をつけるのが面白かったからで、相手に興味を持ったからではない。
珠は論文に悩み、篠原教授に相談すると意外な提案をされる。
無作為に選んだ対象者を尾行し、ひとりを深く知ることで人間というものを考察してみてはどうかというものだ。「理由なき尾行」あるいは「文学的・哲学的尾行」を通し他者を知ることによって自分をより深く知ることになるのだと。
珠が選んだ対象者Aは、彼女が暮らすマンションの隣りの一軒家に住む石坂だった。美しく穏やかな妻と可愛く聡明な小学生の娘。大手出版社の部長である石坂。絵に描いたような幸せな家庭だ。
だが尾行を始めてすぐ、石坂に愛人がいることが発覚する。
石坂は「二重生活」という言葉があてはまるような生活をしていたわけだが、このタイトルは彼だけを指しているわけではない。表と裏の生活が、誰にでもあるということを言っている。珠にも、卓也にも、篠原教授にも、そしてわたしにも、あなたにも。
やがて石坂の行動の、家族のほころびが見え始めていき、珠は、石坂の跡をつけること、彼を知ることにのめりこんでいく。それはまるで、自分の心の隅にある空虚を埋めようと、何か大切なものを追いかけていくかのようだった。
だがある日、ついに石坂から声をかけられる。
「きみは、ずっと僕の後をつけていたよね」
その後映画は、小説にはない方向へと流れていく。
篠原教授は、対象者を変えて尾行を続けることを勧め、考えあぐねた珠が選んだ対象者Bは、ほかでもない篠原教授だった。
だが映像化され、小説との違いを大きく感じたのは、ストーリーの細部よりも珠の印象だ。映像化されたことにより珠の内面が見えてこない部分が大きく、逆に小説よりも生真面目な部分がクローズアップされたように思えた。
「この世界に、満たされている人間なんていないんだよ!」
石坂が、珠に投げつけた叫びにも似た言葉だ。
心の隅にある空虚を埋めようと、誰もがあがいている。
ドキュメンタリー風のカメラワークと、重みのあるピアノが、そんな心に沁みていく映画だった。
台風一過。翌朝の明野です。
少しでも青空が見えるのって、幸せな気持ちになりますね。
ロケは、表参道と神楽坂周辺で行われています。会社が近くだったりしてなんとなく雰囲気がわかる場所なのでなつかしい感じがしました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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