乃南アサ短編傑作選シリーズの『岬にて』には、女性の心理描写が際立つ短編を精選したという14編が収められている。
表題作「岬にて」(愛媛・宇和島市)を含む5編は、旅もの。主婦がひとり旅する旅先での出来事だ。
「母の家出」(山梨・上九一色村)/「春の香り」(高知市)/「微笑む女」(北海道・斜里町)/「湯飲み茶碗」(岡山・備前)と、その土地ならではの風景や方言も楽しめる。
けれど、短編としてのおもしろさ、サスペンスとしての怖さが前面に出ていたのは、ごく普通の家庭で起こるストーリーだった。
「今夜も笑ってる」は、隣家から夜な夜な聞こえるけたたましくも不気味な笑い声に、小学生の紗子が何ごとかと思っていると、母は父に不機嫌に言いつのる。
「あの人には男を誘いこむ、不思議な魔力みたいなものがあるんじゃないかしらね」
「魔力?」
「男の人には分からないのよ、あの人の蛇みたいな感じが」
隣家の女は、2人目の夫を亡くし、しばらく笑い声は聞こえなかったのだが、ふたたび……。
同じくサスペンス色が濃い「ママは何でも知っている」は、さらに恐ろしい。
裕福で若く優しく美しい同僚の教諭と婚約した美術教師、優次。降って湧いた逆玉に戸惑いつつも、アトリエまで用意してくれた彼女の両親に感謝し、同居を快諾した。明るい両親は、パパ、ママと呼んで欲しいという。家族になったのだからととてもフレンドリーだ。だがある日、風呂に入っていると裸の義母が入って来た。
「親子で入りましょう」
「花盗人」では、年下の甘ったれな夫は、食事の支度が少しでも遅れると不機嫌になる。布団も自分で敷けない。公子は、こんな夫ではと、心配で子供を作ることもできず、友人と息抜きに飲みに行くことすらできず、歯車は狂い出す。
特別な場所で起こる出来事は、特別の範疇で済ませられるところがある。
だからこそ、ごく普通の家庭で何気ない日々のなか起こる特別なことの方が、恐ろしかった。
『いっちみち』を読み同じことを思ったが、”ごく普通の家庭”などというものは、そもそも存在しない。
そしてその唯一無二の家族のなかでも、”男と女”であったり、”年代の差”であったり、”立場の違い”があったり、ひとりひとり考え方も感じ方も違っていて当たり前だ。
歯車は、いつ狂ってもおかしくないのだ。
表題作の女性でしょうか。仕事で愛媛に飛ぶ50代の女性です。
乃南アサ短編傑作選シリーズ、4冊です。『いっちみち』と『最後の花束』は、すでに読みました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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