7編から成る短編集の帯には、こうある。
無意識の中に潜む女の狂気を描く
どれも、読み終えて背筋がうすら寒くなる心理サスペンスだった。
女たちの心の沼に棲む〈自分は特別であるはずだ〉という思いが、ひとつ、またひとつとボタンを掛け違えていく。
一番怖かったのは、3話目の「夢」。
カリスマ美容室でチーフを務める美和は、仕事が引けて飲みに行ったとき、後輩のなかでも優秀な文也に軽い気持ちで夢を語った。いつか田舎で小さな店を持ちたいのだと。
その文也がインターンの千絵子に告白され、ふったというのだが、千絵子は諦めることなく仕事中も猛烈アタックの姿勢を崩さない。美和はチーフとして注意するも、千絵子の根拠のない自信はエスカレートしていく。
「彼見え透いたこと言って、浮気しようとしてるんです」
「—浮気?」
「私っていうものが、ありながら、他に、結婚しようと思ってる人がいるからって、こうなんですから」
「—それは、浮気って言わないじゃないの?」
「何でですか? だって、私がいるじゃないですか」
まただ。この思い込みの強さは、何なのだ。美和は小さく苛立ち、同時に、またもや背筋がぞくぞくするのを感じた。
〈自分は特別であるはずだ〉と思うがために、千絵子は自分が常軌を逸していることに気づかない。そして事態はさらに思わぬ方へと展開していく。
女たちが持つ〈自分は特別であるはずだ〉という思い。それは〈自分は正しい〉という思いこみを生む。
だから、自分だけがほかの人より仕事にしろ恋人にしろ恵まれていないと感じたとき、持っている思いとのズレが生じる。
「〈特別〉なはずのわたしが、なぜ幸せになれないの?」
さらにその思いは捻じれ、潜在意識に語りかける。
「そんなの〈正しく〉ない。間違っている」と。
狂気はそこから、始まっていく。たぶん、わたしたちのすぐそばでも。
「熱帯魚」
憧れのアパレルブランドに転職した響子だったが、すぐに職場にも仕事にも失望した。だが友人のみどりには、見下されたくなくて嘘をつくのだが。
「最後のしずく」
保育士の幸絵は、ブスというほど醜くないと自分では思っていたのだが、転入してきた4歳の美形女児に毎日のように「へんな顔」と言われ、憎しみを持つようになる。
「来なけりゃいいのに」
おとなしく暗い順子が最近変だ。大声でひとりごとを言ったり上司に口答えしたり。「多重人格」なのではとOLたちは、おもしろがって調査に乗り出すが。
「春愁」
ベテランOLの多恵子は、会社のOA化で居場所を見失っていたが、部長の言葉に一念発起する。ところが入社したての愛には、何もかもかなわない。多恵子は、何としてでも愛に勝たなければと思いつのるのだが。
ほか「ばら色マニュアル」「降りそうで降らなかった水曜日のこと」。
「乃南アサって、元祖イヤミスだったんだ」
本屋の店頭で、帯に魅かれて手にとりました。イヤミスっていうほどじゃなかったよ。解説は、酒井順子。
☆乃南アサ『いつか陽のあたる場所で』の感想コラムはこちら。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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