本谷有希子の小説『自分を好きになる方法』(講談社文庫)を、読んだ。
主人公は、リンデという名の女性。名はカタカナだが、舞台は日本だ。そのリンデの16歳、28歳、34歳、47歳、3歳、63歳のそれぞれ1日ずつ、帯には”女の一生を「6日間」で描いた傑作長編”とある。テーマは、孤独だ。解説の瀧井朝世は「本書に登場する一日一日は、彼女の孤独が際立った日」であるとかいている。
16歳。リンデは、夢の話でしか盛り上がれないカタリナとモモと過ごす自分に苛立ちを感じていた。以下、リンデがかいた手紙。
まだ出会っていないだけで、もっといい誰かがいるはず。ほんとうに、お互い心から一緒にいたいと思える相手が、必ずいるはず。私たちは、その相手をあきらめずに探すべき。
28歳。恋人との海外旅行。リンデは、何がきっかけで彼の機嫌を損ねてしまうかわからず、細心の注意を払う。
34歳。結婚記念日に夫と食事をする。会話は、すれ違うばかり。
47歳。離婚し独りになったリンデ。猫の里親会の仲間とクリスマス会。会話がはずめど、気持ちは上の空。
3歳。リンデの名の由来が明かされる。保育園のお昼寝の時間。リンちゃんは悪い大人になるね、と先生は言葉を投げつける。
63歳。リンデを訪ねてくるのは、宅配人だけ。以下本文から。
そういうことってありますよ、と宅配人は笑ってくれた。ほんの少し何かが予定とズレてしまうことってありますよね。ええ、本当によくあるわよね。いつのまに、こんなところまで来てたんだろうって顔を上げてびっくりしない? ほんの少し、こっちの景色はどうだろうって興味を持っただけなのにって。ありますよ、そういうこと。宅配人の声は暖炉の前でくつろいでいるように暖かかった。戻れないなら、最初に教えてほしかったわよね、とリンデがひそひそ声で言うと、彼は、ええ、と一緒になって声を潜めてくれた。まるで気心の知れた相手と暖炉の炎を見つめ、一枚の毛布を並んで膝にかけているみたいだった。
読みながら、ああリンデはわたしだ、と思うシーンがあり、そして、リンデ、そっちへ行っちゃだめと客観的に見ているシーンがあり、リンデ、それまじめすぎるだろうと呆れ、けれど実際自分も同じことをしていることに気づき、あるある、いや、それはないなとゆらゆらと揺れ、しかしその揺れはずいぶんと深いところに達していて、ことあるごとに自分のこれまでを振り返っては傷ついた。
63歳のリンデは思う。銀行に行く、歯ブラシを替えるなどのやることリスト6項目を今日じゅうに済ませてしまえたら、自分のことが好きになるだろうと。
「自分を好きになる方法」は、すぐそこにあって、どこにもない。
スノードームのなか、穏やかに眠る胎児をイメージさせるような表紙です。第27回三島由紀夫賞受賞作。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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