引き続き、若竹七海の女探偵葉村晶シリーズを読んでいる。
『静かな炎天』(文芸春秋)は、最新刊の連作短編集だ。6つのミステリーが収められている。なかでも、ミステリ専門店に併設された〈白熊探偵社〉に依頼される案件がおもしろいように次々片づいていく表題作『静かな炎天』と、長谷川探偵調査所時代の同僚、村木から奇妙な電話が鳴る『副島さんは言っている』は、すべてが明らかになったとき背筋がぞくっとするような上質のミステリー作品だった。以下『副島さんは言っている』から。
「珍しいですね。どうしたんですか、店の電話にかけてくるなんて」
「本屋の名前は覚えていたから、104で問い合わせた。頼みがある」
村木は妙にひそひそと言った。
「大至急、調べてほしい女がいるんだ。ホシノクルミ、クルミは久しいに留めるに美しい、新宿区河田町在住、38歳独身だ」
なにやら疲れがどっと出た。
「村木さん、わたしいま仕事中なんですよ。忙しいんですよ。しかも、なんと台風が来るんですよ」
「なにも調べに出歩けとは言ってない」
村木は声を殺しつつも噛みつくように言った。
「手元になんか端末があるだろ、そいつで軽く基礎情報だけ頼むよ」
「はあ? だって村木さん、いま」
「こいつは固定電話なんだよ、端末じゃない。一時間後にかけ直す。あ、そっちからはかけてくるなよ」
なにごとですか、と聞き返すまもなく電話は切れた。わたしはあきれて首を振った。村木とは長谷川探偵調査所にいる間、一緒に組んで仕事をすることも多かった。それなりに世話になった。だからネットでの調べもの程度なら、してやらんこともない。もう少し丁寧に頼まれれば。
その直後、ニュースが流れた。新宿区内のマンションで死亡していた女性は星野久留美38歳。逃走した男の特徴は、村木と一致していた『悪いうさぎ』では、晶が微かな恋心を抱きかけた村木。彼はいったいどうしたのか。晶は電話口から動くことができないまま、推理していく。
葉村晶シリーズは、すっかり「仕事はできるが不運すぎる女探偵葉村晶シリーズ」という名に落ち着いた。ここでも晶は、大事故の現場に居合わせたり、飛んできたビール瓶が頭に直撃して気絶したり、四十肩を患ったり、徹夜明けのクリスマスイブに行く先々で頼まれごとをしてごたごたに巻き込まれたりする。
けっこうかっこ悪い。だがそれで余計に、人間葉村晶の体温が伝わって来て魅力を感じる。かっこ悪い40女の葉村晶だからこそ、シャープな推理と手加減のなさがかっこいいのだ。以下は、人間葉村晶な食に関するシーンを拾ってみた。
「葉村さん、なんですかこれは」
富山はかじりかけのクッキーを手に眉を寄せていた。焼いて持ってきて、二階のサロンに置いておいたのを、見つけて食べてみたらしい。
「ビックリしました。普通、クッキーってマズく作るの難しいですよね。どうやったらこんなことになるんです? 本買ってくれた人へプレゼントするつもりが、これじゃ罰ゲームですよ」
手みやげは三鷹名物〈さかい〉の鷹サブレーだった。ことサブレーに関する限り、わたしはタカ派だ。
吉祥寺のパン屋はどこも美味しいが、毎日だと高くつく。サンドウィッチくらい自分で作るべきだと思いつき、始めたらはまってしまい、近頃の昼食はこればかりだ。ブロッコリースプラウトと鶏むね肉とアボカドのサンドを食べ終わり、クリームチーズとブルーベリージャムをはさんだ黒パンを食べながら、ネットで調べた。
小鉢の冷や奴に載ってるの、よく見たらショウガじゃなくて辛子でした。豆腐の薬味に辛子って東京じゃ珍しいけど、石川県だとポピュラーですよね。
「次、早く出ないかなあ」
ため息をつきながら、晶が登場する短編を収めた小説集などを開く日々である。
探偵風ファッションにも見えますが、日焼け防止で帽子をかぶり、UVカットの上着を羽織る姿です。40歳代で四十肩にもなる葉村晶でした。
中公文庫で出版されている『プレゼント』は『依頼人は死んだ』以前の葉村晶を見ることができる短編集。おススメです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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