昭和の歌謡曲をタイトルに、その歌詞にインスパイアされた9編の短編。
頭に井上荒野ならではで、悪戯っぽく1編のブルース(歌詞形式)「人妻ブルース」が置かれている。
「時の過ぎゆくままに」沢田研二
尚人(39歳)は、肝臓がんの妻が通っている病院で知り合った花穂(25歳)と逢瀬を繰り返す。彼女も同じように夫の病の付き添いで来ていた。
「小指の想い出」伊東ゆかり
ペットショップで働く真悠(22歳)は初めての人、喬児さんに夢中だ。
小指の痛みは、どうかしたときにふっと感じるだけだったけれど、そのほんの微かな痛みが扉になって、昨夜、喬児さんが左手を取り指を一本ずつ口に含んで、小指を強く噛んだときのことが、荒れくるう波みたいに押し寄せていた。
「東京砂漠」内山田洋とクール・ファイブ
祥子(62歳)は、マンションの23階で若い男たちを待つ。亡き夫の遺言を胸に。
「ジョニィへの伝言」ペドロ&カプリシャス
今日子(33歳)は、今夜東京へ発つ。大好きなジョニィ(50歳)とともに、壊れかけた夢を追って。
「あなたならどうする」いしだあゆみ
カルト宗教のコロニーでは、金儲けを生きる目的としてはならない。岬(35歳)の生きることとは、ここへ連れて来てくれた男を愛することだった。
「古い日記」和田アキ子
詐欺に加担する正輝(22歳)に恋した〈あたし〉(19歳)。ふたりの危うい夏。
「歌いたいの」山崎ハコ
がんで子宮をとった夏弥(35歳)は、夫に嘘をつき、昔の男に抱かれに行く。
夏弥と目が合うと、保坂は困ったように笑った。自分も今同じ表情で笑っているのだろうと夏弥は思った。同じなのかもしれない、このさみしさは。命の刻限をいしきしていてもしていなくても、それは無差別に不意をついて私たちにおそいかかってくるのかもしれない。
「うそ」中条きよし
〈俺〉(40歳)は、女という女に嘘をつき、その嘘をつき通すために嘘を塗り重ねる。
女は俺がシャツを鞄に入れたことに気づかなかった。あるいは気づいていたのかもしれないが、何も言わなかった。もし何か言っていたら、俺は何か言い訳し、言い訳したことで、少し長く女と付き合うことになったかもしれない。少し長く付き合っているうちに、別れがたくなったりしたかもしれない。こういうのはアミダクジみたいなものだ--俺にはどうしようもない。
「サルビアの花」早川義夫
おにぎりカフェで働く新治(30歳)は、同僚の真衣(28歳)に思いを寄せているが、彼女は店長との結婚が決まっていた。
「なつかしい」は「哀しい」と似ている。
昭和の歌謡曲は、なつかしい色を持ちながら、人である哀しさを歌っていたのだと気づかされる。
昭和の匂いがする胸のなかに沈む淀んだ空気は、いわれのない哀しさは、世のなかがどんなに変わろうといつまでもそこにありつづけるのだ。
昭和レトロな雰囲気を描きつつ今風の新しさを持つ表紙絵。解説は江國香織。
きわめてメロドラマティックでありながら、感傷とは限りなく遠く、荒涼とした方へ方へと突き進む
などと評していました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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