乃南アサ短編傑作選シリーズの『すずの爪あと』には、解説によると「狂気の男たち」をテーマに置かれた11篇が収められている。
「僕のトンちゃん」は、輸入家具店の敏腕支店長、修哉(みちなり)とポプリ作家の妻、登与子は、人も羨む大人のアラサーカップル。しかしその実像は、玩具にあふれた家で子供ごっこをする毎日。だがある日同じマンションに住む幼児を預かるようになってしまい。
「どういうことなんだよ、トンちゃん」
「どうって――」
登与子は悲しそうな顔でうつむきがちに、たった今までコレマサが遊んでいたらしいおもちゃを片づけ始めた。
「そういうことだったのか。この前のシマウマさんのおもちゃも、コレマサと遊んだんだな、そうだろう」
「だって――断れなくなっちゃったのよ」
「指定席」では、最大の個性は「どこから見ても、これといった特徴がない」というサラリーマン、津村が、自分を覚えてくれたカフェのウェイトレスに思いを寄せる。
痩せっぽちのウェイトレスは、毎日同じような時刻に現れる津村のために、その右端の席を「指定席」として確保してくれたのだった。彼にとって、それは最高のもてなしに思われた。
しかし、街で見かけた彼女は、津村と目が合ったにもかかわらず、彼のことにまったく気づかず、男に甘えるように笑いながら通り過ぎていった。
「Eメール」は、学生時代の恋人とEメールのやりとりを始めた40代の主婦が、彼を訊ね山口県柳井市を歩く。”文通”を重ねるたび、次第に夫よりも彼を頼りにしていた。
――味方。
そのひと言が、不思議なくらい胸にしみた。そして、自分がどれほどの孤独を抱きしめているかということに、初めて気づいた。実際、もうずい分前から、彼女は自分の居場所が分からない気分になっていたのだ。
けれど、待ち合わせ場所に現れたのは。
自分は正しい!
思い通りにならない!
認められたい!
プライドを傷つけられたくない!
自分は特別なはずだ!
男たちは、それぞれにずれた歯車が音をたてて軋み、外れて転がりだし、行き場を失くし、狂っていくのだった。
表紙は表題作。乃南アサ版『吾輩は猫である』と言われる猫が語る物語。珠洲原発に泣いた住民たちを題材にしたストーリーです。
乃南アサ短編傑作選シリーズ4巻、すべて読了。
シミルボンサイトで、連載しました。【乃南アサの短編を読む】
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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