『ふたりぐらし』は、シミルボンサイトで守屋聡史さんのレビュー「桜木紫乃の小説にはいつも心震える」を読み、手にとった連作短編集だ。
『家族じまい』ほどには毒や棘を含まず、静かに淡々と若い夫婦ふたりの暮らしを描いた家族小説だ。
夫、信好は定職を持たない元映写技師。不惑の歳を迎えても映画脚本家の夢を追い続けている。暮らしは看護師の妻、紗弓の収入に頼ったまま、結婚し4年が過ぎた。
第一章「こおろぎ」では、信好が、毎週母テルの病院通いにつきそう居心地の悪さが語られている。偏屈な母との時間は、定職がない自分の惨めさを噛みしめる時間でもある。しかし、呆けたふりなのか本当に呆けているのか、テルがいう。
「わたしいつかあなたに、奥様と知り合ったきっかけを伺おうと思ってたんです」
信好は、母の調子に合わせて答える。
「ええ、自分でもよく声をかけたなって思います」
何も今日、紗弓との出会いを呆けた母に語ることはない。けれど、初めて「すれていない女」に惚れた日のことは、信好にとっても数少ないきらめく記憶なのだった。こうして言葉にして逃げこむ場所を得てゆく自分を嗤えば、心の均衡も保たれる。
「そしたら彼女『こおろぎを逃がしてた』って答えたんです。踏まれるほうも踏むほうも、嫌だろうからって。なんだかそのひとことで、いい娘だなと思ったんです」
そんなふうにして出会ったふたりの暮らしが、交互に、信好と紗弓の視点から語られていく。
第二章「家族旅行」では、三十半ばの紗弓と、信好のことを「ヒモ」と言った実母との確執が描かれている。
しかし思い通りにならない親たちを抱え、金銭的にも苦しい生活のなか甲斐性のない夫を支え、日々ただ耐えるが如く心を捨てたかのように過ごしているのかと思えば、そうではない。
第四章「ごめん、好き」で、紗弓は出来心から信好のパソコンを開きメールを読んでしまう。
第八章「休日前夜」では、突然訪ねてきた信好のもと同級生だという女性に強い嫉妬を抱く。
紗弓は悲しいほどに女であり、信好は男なのだった。
信好と紗弓のほか、紗弓の両親(父親がまた魅力的)、余生のための見合いで出会った信好の仕事先の評論家と女性、病院で紗弓にラブレターの代筆を頼む老婦人と思い人など、様々な「ふたりぐらし」が描かれている。
最終章「幸福論」で、隣家の老婦人が口にした「幸福」という言葉が胸に残った。
幸せとは言えなかった過去の出来事。家に置いてきた目をつぶりたい悩みごと。毎日顔を合わせる家族とのケンカ。
みんなみんな、そういうものを背負っていて、でも。
「たぶん幸福なの、このひとたちもわたしたちも」
守屋さんもかいていたが、節約して信好が作る食事がどれも美味しそうで、それが信好と紗弓の「幸福」につながっている気がした。
舞台が北海道だけに、表紙絵のストーブ、味がありますね。最初の子が生まれたときに暮らしていた東京の小さなアパートを思い出しました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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