佐藤正午さん、遅ればせながら『月の満ち欠け』(岩波書店)直木賞受賞おめでとうございます。ごめんなさい。まだ1冊も読んだことありませんでした。
ということで、本屋にたくさん並べられた文庫本を1冊購入した。読み始めたらこれがまた、おもしろい!
選んだのは、大好きな山本文緒が解説している『ジャンプ』(光文社文庫)だ。
〈僕〉こと三谷は、半年前からつきあっている恋人みはると、彼女の行きつけのバーで、聞いたこともない名前のひどく強いカクテルを飲んだ。
「アブジンスキー」とも呼ばれるこのカクテルは、40度以上あるアルコールの強さから「アースクェイク」つまり「地震」の名を持つ。
下戸の三谷は泥酔し、みはるに介抱してもらいつつ彼女のマンションにたどり着いたのだが、彼女は三谷の朝食用のリンゴを買い忘れたからと「5分で戻る」と言い残し、コンビニに向かった。そして、そのまま行方知れずとなる。
三谷は、みはるを探そうと手を尽くすのだが。
冒頭とも言っていい第一章の2ページ目にこんなエピソードが置いてある。
あるとき彼は恋人とデイトをして、別れ際にウインドーに飾られた一足の靴に目をとめた。そしてそれがどうしても欲しくなった。が、金の持ちあわせがなかったので恋人に代金を立て替えてもらい、その靴を買うことにした。今度会うときに返してくれればいい、と言って彼女は嫌な顔ひとつせずに立て替えてくれた。
そこまではよかった。
ところがその晩、なけなしの金を彼に貸したせいで、彼女はタクシーで帰宅する予定だったのをバスに変更した。そして後に判明したことだが、バスの車中で思わぬなつかしい顔と再会したのだ。それは彼女の中学生時代のボーイフレンドだった。結局その偶然の再会をきっかけにして、後に彼女は彼のもとを去り、中学時代のボーイフレンドと一生をともにすることになった。
このエピソードの核心が「靴」あるいは「彼のもとを去った彼女の意志」だとしたら、この小説の核心は、何だろう。
偶然。予測のできない未来。人の心の危うさ。アブジンスキー。リンゴ。
たぶん、その辺りがカオスとなり小宇宙を作り上げてるんじゃないだろうか。
みはるが失踪して、三谷は考える。
よく晴れた十月の朝、いつもの時間に寮を出ていつもの通勤電車に乗りいつもの駅に降りた男が姿を消す。今日一日のもしくは今週いっぱいの休暇をとりたいと電話連絡を残したまま。後になって誰かが僕の足跡をたどり顔写真を持ってスターバックスを訪れるかも知れない。
そんな可能性が誰にでもあるということも、カオスにひとつになっている。
考えたことありますか? なかったら考えてみませんか。
もし自分が、今いる場所から突然姿を消してしまったら? もしかしたら、何ごともなかったかのように歯車は回っていくんじゃないだろうか?
そう思ってしまったら、ふらりと当てなき旅に出てしまうかも。
みはるはいったいどこに行ってしまったのでしょう。それは小説を読んだ人にだけわかります。
リンゴが、キーになっています。絵的にも、ラストのリンゴのシーンはきれい。
「正午」というペンネームは、アマチュア時代消防署の正午のサイレンが鳴るとかき始める習慣があったことからつけたとか。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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