ちりちりと髪が焦げていく。不意に、そんな匂いを感じた。
十代の頃、悪戯して抜いた髪を燃やしたことがある。その頃のことがよみがえった。今焦げているのは心の端っこだ。ままならないくせっ毛のはみ出した部分みたいな端っこが、ちりちりと焦げていく。
朝井リョウの『スペードの3』(講談社文庫)は、そんな小説だった。
物語は、三章に分かれている。
第一章『スペードの3』は、有名劇団のかつてのスター”つかさ様”のファンクラブを束ねる美知代を。第二章『ハートの2』は、美知代の小学校時代のさえない同級生むつ美を。第三章『ダイヤのエース』は、つかさを主人公に置いている。
小説冒頭には、トランプゲーム「大富豪」のルール説明がある。
一番弱いはずのカードだが、唯一最強であるジョーカーに勝てるのが、スペードの3だ。小学校時代、転校生に学級委員の座を奪われた美知代は、ファンクラブのなかに居場所を求めていた。ところがそこに、小学校時代の同級生が現れる。つかさ様によく似た彼女は、あっという間に美知代を追い詰める。切り札となるカードはどこにあるのか。
「同じ学校に通って、同じ授業を受けて同じ給食を食べて……もうあのときみたいに、みんな同じ条件で生きてるわけじゃないんだから」
周りがいくら動揺しても、アキは何も気にしない。アキはいま、美知代ひとりに対して話している。
「だから、何かひとつだけの項目で順位をつけるなんて、そんなこともう無理なんだよ」
次の学級委員を決めましょう。先生の声が蘇る。同じ机、同じ教科書、同じ時間割、同じ顔ぶれ。この中から、学級委員を決めましょう。みんなが同じ男子を怖がり、同じ女子をかわいいと思う。この中から、そんなみんなをまとめられる学級委員を決めましょう。
「もうね、無理だよ。学級委員はもう、成り立たない」
同じ色の服。同じ焦点。同じ拍手のタイミング。ここでなら、あの子からもう一度、学級委員を取り戻せるような気がしていた。
『ハートの2』は、中学に上がり、演劇部に入部したむつ美を描いている。
修学旅行のしおりを一緒に作った女の子ふたりは、揃ってB中学校へ進学した。一緒に美術部に入ろうね、と、こっそり、だけど絶対に逃さないようにお互いに目を光らせていたふたりの姿を、むつ美は覚えている。むつ美には「同じ部活に入ることを約束している友達」は中学校に入学するうえで最も手にしておくべき武器のように思えた。
みんな、春が近づいてくると、その武器をよく研いだ。二人だけの約束、と言いながら、きらりと光る刃先をみんなに見えるように高々と揚げていた。
『ダイヤのエース』は、つかさの同期でライバルである円(まどか)の病気による引退宣言から始まる。可哀そうな自分をアピールできる円はずるい。つかさは、売れっ子の女優となった円との過去を振り返っていく。
「郵便局とか、久しぶりで迷っちゃった」
へへ、とおまけのように笑う円の声を聞きながら、つかさは、自分の傘にのしかかる雪の重みに負けそうになっていた。
自分は、初めて着た場所でもあまり道に迷ったりすることはない。
どんな映画だって漫画だって小説だって、主人公になるのは、道を覚えられなくてみんなに探されるような子だ。みんなが散々探したあと、けろりとした顔で「ちょうちょを追いかけてたの」と戻ってくるような子だ。
自分を誰かと比べてしまい、落ち込むこと。知らず知らずのうちに、優劣をつけてしまうこと。認められたいと願うこと。自分に絶望すること。変わりたいのに変われないと焦ること。そんな、女子の人生あるあるが詰まっている。
読みながらときどき、我に返って思った。
「朝井リョウって、男子だったよね?」
おススメの3人の選び方が秀逸。男子な佐藤健、女子な辻村深月、大人なはやみねかおる。読みたくなりますよ、これは。
朝井リョウさんは、1989年生まれ。27歳の男子でした。若いな~。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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