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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『ハナレイ・ベイ』

公開された映画『ハナレイ・ベイ』は、山梨ではやはり公開されなかった。悔しいので、原作を再読した。何度か読んだ『東京奇譚集』に収められている。村上春樹の短編小説だ。

 

初版本を購入しているので、初めて読んだのは2005年の初秋だろう。

そのときにこの母親と息子の物語を読み、何を思ったのかはまったく思い出せない。だが、当時高校生だった息子はまだ一緒に暮らしていたことはわかる。その頃は、日々顔を突き合わせ、「受験生なんだからこれくらいやってくれてもいいのに」と不貞腐れながら弁当箱を渋々洗う彼の背中を見ていた。

その息子とも6年だか7年だか、もう何年かすらわからなくなるほどの歳月、会っていない。そんなわたしには、このくだりが沁みた。

しかし正直なことを言えば、サチは自分の息子を、人間としてはあまり好きになれなかった。もちろん愛してはいた。世の中のほかの誰よりも大事に思ってはいた。しかし人間的には――それを自分で認めるまでにはずいぶん時間がかかったのだが――どうしても好意が持てなかった。もしあの子が血をわけた自分の息子でなかったら、まず近寄りもしないのではないかとサチは思った。

サチは、思う。

私がたぶんあの子をスポイルしてしまったのだろう。

物語は、その息子がハナレイ湾(ベイ)で鮫に襲われ片足を食いちぎられて死んだという知らせを、サチが受けとるところから始まる。彼は19歳だった。

その年からサチは、毎年3週間の休暇をとりハナレイ・ベイで過ごすようになる。

そして、ある年出会った日本人サーファーたちに聞くことになる。片足の日本人サーファーを見たと。

サチはそれから毎日、片足の日本人サーファーを探しビーチを歩き回るが、彼を目にすることはできない。サチは、憤る。

どうしてあの二人のろくでもないサーファーにそれが見えて、自分には見えないのだろう? それはどう考えても不公平なのではないか?

サチとともに憤りながらも、わたしも思っている。

私がたぶんあの子をスポイルしてしまったのだろう。

だから、サチには彼が見えないのだろうと。わたしに息子の今が、見えないように。大切な何かを伝えそこなったのだ。

 

映画は、どんなふうに描かれているのだろう。海が美しいんだろうな。

吉田羊は、サチそのものだと再読して思った。

サチは、東京で再会したサーファーに言う。

「けっこうかわいいじゃないの。あんたにはちょっともったいないね。なかなかやらせてもらえないんじゃない?」

このセリフが似合う女優は、なかなかいない。

これまでかいた記事に、ここに収録されている『品川猿』をとりあげたものがあります。

COMMENT

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  1. ユミ より:

    さえさ~ん、ハナレイ・ベイの映画は、やっぱり山梨ではなかったのですね。
    小説を一度も読んでなかったので、いきなりの映画では、サチと息子の関係がなんとなく・・・
    っていう描き方されていたように思います。
    小説の方がサチの心情がよくわかりますね。
    なるほど、あのセリフが似合う女優さん、なかなかいませんね。
    吉田羊さん、この映画では抑え気味の演技が多かったので、難しい役だったのでは?って思いました。
    DVDになったら、いち早く見てくださいね~

    • さえ より:

      ユミさん
      そうなんですよ~遅れてるぞ山梨(涙)
      とても短い小説なんですが、村上春樹を読んだのも久しぶりだったので、すぐに惹きこまれて夢中になり、あっという間に読み終えてしまいました。
      読みながら、サチはもう吉田羊の顔になってるのだから、映像の力はすごいですよね。
      CM観ただけなのに(笑)
      ぜひ、そのうち観たいです。教えてくださって、ありがとうございます♩

PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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