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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『ブルース』

桜木紫乃の連作短編集『ブルース』(文春文庫)は、6本指を持つ男、影山博人に翻弄されていった8人の女を描いている。

 

『恋人形』牧子 52歳

人形作りの牧子は、夫と穏やかに暮らす日々のなか、新聞に博人の訃報を見つけた。両手の指を6本持つ同級生。彼には、15歳のときに一度だけ抱かれた。

人形の六本あった両手足の指を削り、表面がなめらかになるころにはもう、午後九時を過ぎていた。牧子は凝った肩をぐるぐると回し、蛍光灯を仰いだ。人形が焼きあがった日は、昨日のことのように博人との時間を思い出せる。あれもやはり、なにかのめぐり合わせか、生きるための罰だったのだろう。

『楽園』敏江 28歳

夫の性癖が我慢できず離婚した敏江は、大漁旗などを扱う染物屋で働いていた。ある日プレス機で若い工員が指を挟んだ。6本目の指だった。

夫とは繋がっても繋がっても好いと思えなかった場所が、いつの間にか熟れていた。体がふたつに割れそうだ。強い自戒と欲望がよじれ合いねじれて、ねじ切れそうになっている。

『鍵』美樹 34歳

夫の浮気を許し、生まれた子どもも認知することに承知した。愛人宅と自由に往来する夫。あるのは不自由しない生活だけだ。ある日、急行列車で見覚えのある男とすれ違った。手の端の瘤を見てハッとする。指は1本少なくなっているが、あのときの6本指の男だ。美樹は一度だけ、男を買ったことがあった。

 

『ブルース』圭 32歳

死の床についた夫。立ち行かなくなった小さな自動車修理工場。売り掛けの回収をしようとも、どこも夫の死を待ち借金をチャラにしようと目論んでいる。そんなとき、掃きだめの長屋で同じように育った博人と再会した。両手の指は5本になっていた。

 

『カメレオン』まち子 32歳

バーのママ、まち子は逃げ遅れた。パトロンが借金まみれで行方をくらまし、店をとられただけでは済まず裏ビデオを撮られることになった。むかし指が6本あったという、手に瘤を持つヘビースモーカーがやって来た。

男の両手はまち子の太ももの付け根に回り込んでいる。指先がカメラに映らないようにするためなのだと気づいたときには、すでに声をこらえていた。その手は緩やかな往来を助けたかと思うと、いきなりつよく引き、まち子の内側にある最後の扉を突破する。

『影のない街』絵美 24歳

絵美は、ビルのオーナーである母親の言いなりだった。ある日母親に言いつけられ、博人へのプレゼントを届けに尋ねた。すると博人は言うのだった。

「あなたが届けにきたのは、彼女の娘ですよ」

 

『ストレンジャー』千雪 33歳

ピアノバーでピアノを弾く千雪は、兄を市長にするために、博人との逢瀬を繰り返している。既婚者である兄には、12歳のときからレイプされ続けていた。

 

『いきどまりのMoon』莉菜 27歳

莉菜は、若手カメラマンの登竜門である新人賞を受賞した。博人はまち子と結婚し、莉菜はまち子の連れ子だ。高校のとき、写真家を目指すというと、父である博人は、娘に言った。

「莉菜、お前は悪い女になるといい。足の下にあるものを根こそぎ踏んづけて行け。いい女になんかなるもんじゃない。どうせなるなら、怖いものなんてひとつもない女のほうがいいだろう。男と違って女のワルには、できないことがないからな」

たとえ6本目の指を切り落としたとしても、それで帳尻が合うってわけじゃないと博人は知っていた。足りないものを追い求め、手に余るものを捨てられず、人は生きている限りどこかで過不足を感じ続けていくしかないのだろうか。

CIMG4261モノクロ写真にくすんだ山吹色のタイトルの表紙が渋い! 解説は壇蜜。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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