太平洋を望む鼻崎町は、人口7,000人の港町。近隣の大きな市に吸収合併されることなく町としてやっていけるのは、日本有数の食品加工会社八海水産の国内最大工場があるからだ。
その町の海が見渡せる高台〈岬タウン〉に、数年前から都会から来た人たちが家を建て住み始めた。美しく素晴らしい景観のこの土地で、芸術作品を作りたい。そして、この町の良さを発信していきたい。そんなアーティストたちだった。
湊かなえの心理ミステリー『ユートピア』(集英社文庫)である。
〈岬タウン〉のアーティストのひとりが、陶芸家の【すみれ】。
夫の転勤で嫌々、鼻崎町の社宅に越してきた【光稀】には、自慢の娘がいる。美しく気立てのいいしっかりものの【彩也子】は、小学4年生。
生まれも育ちも鼻崎町の【菜々子】には、八海水産に勤める夫と、1年前に交通事故に遭い車椅子で生活する小1の娘【久美香】がいる。
ある日、すみれたちアーティストが企画した祭りで火事が起こり、彩也子は久美香を助けたときに、おでこに傷を負ってしまう。しかし彩也子は、変わらず妹のように久美香を可愛がるのだった。
そしてその事件がもとで、すみれと光稀と奈々子は急接近する。
すみれが、久美香と彩也子の美談をもとに車椅子ユーザーを支援する陶器ストラップを売ることを思いついたからだ。
車椅子で生活する人たちのために
陶芸家として成功したいという思いが先走る、すみれ。
素晴らしい娘、彩也子を大成させたい強く思う、光稀。
久美香をただただ心配する、奈々子。
3人の思いがすれ違っていくのに、時間はかからなかった。
そして、偽善だ、売名行為だとおもしろおかしく噂する町の人たち。
5年前に〈岬タウン〉で起きた殺人事件と、失くなった金塊の行方は……。
夫婦間で、仲間うちで、友人との間で、都会から来た人と地元の人との間で、親子間で、誰もが胸の奥の秘めごとを明かそうとせず、駆け引きをしながら自らを、あるいは大切な人守ろうとしていた。
それゆえにすれ違っていく思いの数々……。
地に足をつけた大半の人たちは、ユートピアなどどこにも存在しないことを知っている。ユートピアを求める人は、自分の不運を土地のせいにして、ここではないどこかを探しているだけだ。永遠にさまよい続けていればいい。
ユートピアは、どこかにあるのだろうか。
「善意は悪意より恐ろしい。」とかかれた帯が意味深です。が、個人的にはそうは思わなかった。やっぱ、悪意の方が怖い。山本周五郎賞受賞作。
☆『地球の歩き方』特派員ブログ、更新しました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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