引き続き、小川洋子を読んでいる。もう虜になっていると言ってもいい。何しろ言葉が美しい。うっとりしすぎて、内容を忘れてしまうことさえあるほどだ。
『不時着する流星たち』は、モデルを置き、そこから物語を起こした10編から成る短編集だ。そのモデルがまたおもしろい。
希代のピアニスト、グレン・グルードや女優エリザベス・テイラーは、まだわかる。しかし「放置手紙調査法」や「バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表」「世界最長のホットドッグ」から起こした物語も含まれている。
なんじゃそれ? と思われるかも知れないが、読み始めればその世界観にぐいぐい惹きつけられ、その世界へと落ちていってしまう。
いちばん好きだったのは、『肉詰めピーマンとマットレス』だ。1992年のバルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表をモチーフに、母と息子を描いている。
予選リーグ、日本vsアメリカ戦。一度はアメリカが勝利した試合が翌日くつがえり日本が勝利をおさめたという。この不手際に対し、アメリカチームは全員がスキンヘッドにして抗議した、という事実をもとに、フィクションである小説が描かれている。
アパート周辺の地図には所々矢印が引っぱってあって小さな字で書き込み(”特に夕暮れ時、気持ちのいい公園”、”親切な小父さんのいる八百屋”、”鐘の音が綺麗な教会”……)がされていた。
これを読んでいれば、一時間でも二時間でもすぐにたってしまいそうだった。
オリンピックとは関係なしに、母はバルセロナで大学に通う息子Rを訪ねた。
高校時代、事故に遭い左耳が聞こえないRは、しかしスペイン語を聞き取り、教会の鐘の音に耳を傾けていた。
母は、Rのために大量の肉詰めピーマンを焼いた。Rは、それをとても喜んだ。
ふたりの間には、揺るぎない圧倒的な愛があった。
それは、狂気といってもいい。
バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表のバレーボールにかける圧倒的な、狂気ともいえる愛が、空港ですれ違っただけの彼女との共通点だ。
母は、子どもを狂おしいほどに愛す。
そんな当然のことを思い出させてくれた短編だった。
ほかの物語も、ハッとさせられる側面を切りとっているにもかかわらず、特別主張したりせず、とても静かに極めて自然に、そっとていねいに置いている手触りが好きだった。
わたしたちは、誰も彼もが不時着しているのかも知れない。
『散歩同盟会長への手紙』の紹介は → こちら
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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