アルコール依存症の父親の暴力に悩まされ育ったアダルトチルドレンの千映。
4編から成るこの小説は、1話目と4話目が千映の一人称で。
2話目は、千映の母。3話目は、千映の父の一人称で語られる。
「1、愛に絶望してはいない」
浴槽でリボンのようにゆらめく紅色を見たとき、絶望の余り皮膚のどこかから血がにじみ出たのかと本気で思った。それほど腹を立てていた。
冒頭の一文だ。すぐに引きこまれた。
高校時代からつきあっていた宇太郎と結婚し、恵を出産した千映は、しかしワンオペ育児の過酷さに身体は限界、心も壊れかけていた。
それなのに宇太郎は、電話もメールもせずに毎晩のように飲みに行く。明日はまっすぐ帰ってくると言っても、連絡すると約束しても、約束はいつも破られる。仕事がきつくて飲まずにはいられないと言い訳する。
どうしてわたしはそんなに宇太郎のことを把握したいんだろう。わたしは恵を生かすことで精いっぱいなのに身軽に自由に動けてずるいと思うから? それとも、父みたいにならないか四六時中見張っていないと気が済まないから? 縛りたくないのに縛ってしまう自分が、吐き気がするほど厭でたまらない。縛らないためには、終わりにするしかない。
そんな千映に、宇太郎は言う。
「時々、結婚する前の千映ちゃんに会いたくなるよ」
「2、愛から生まれたこの子が愛しい」
千映が生まれたが、定職も持たずその日暮らしをする両親。母は、心からその日々を愛しんでいた。
「3、愛で選んできたはずだった」
千映のために会社員となった父は、しかしストレスから酒に溺れ暴力を振るうようになる。
「暴力はやめて」と訴える思春期の千映に、優しくしよう、うまくやろう、そう思っても結局は言い合いになり殴ってしまう。酒に逃げてしまう。
煙草の煙を輪っかにしたら手を叩いてよろこんでいた、ちいさな娘はもういない。
「4,愛に放す」
千映の父が死んだ。父の存在自体が苦しみだったのに、千映はしてあげられなかったことを数え苦しむ。
父といると苦しかった。お酒ではなくわたしを見てほしかった。優しい言葉をかけてほしかった。褒めて、笑いかけてほしかった。けれど父もおそらくそうだった。うまくやれなかったけど、いつも愛していた。
誰だって、自分の視点だけでしか物事を見ることができない。家族だからこそ気持ちがすれ違いわかり合えないことも多いし、甘えもある。千映は思う。
わたしに見えるのはわたしの木だけだった。宇太郎にも宇太郎の木があったはずなのに。
それぞれの木には嫌というほど葉がつき、そのときどきに、むしりとってしまいたくなる葉だってたくさん茂るのだ。
読んでいて、とても苦しい小説だった。けれど、光を見いだせるラストが待っていた。
「女によるおんなのためのR-18文学賞」第15回読者賞受賞者、一木けいの作品です。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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