新刊の頃、本屋で手にとっては我慢していた『向田理髪店』が、ようやく文庫になった。うれしい。奥田英朗のハートウォーミングタイプの連作短編集である。
奥田英朗のハートウォーミング小説と言えば平成の家族小説シリーズがある。家庭内の家族にしかわからないような些細な行き違いなどを描いている。
その田舎町版とも言えるのが『向田理髪店』だ。
かつては炭鉱で栄えた過疎の町、北海道苫沢(とまざわ)町。若者は都会へ出て行き、高齢化がばかりが進んでいる。この町では、みなが顔見知りだ。
向田理髪店は、この町に2軒ある床屋のひとつ。53歳の平凡な理容師向田康彦が妻とふたりで営んでいる。
表題作『向田理髪店』
23歳の息子、和昌が苫沢に帰って店を継ぐと言い出した。札幌の商社で挫折があったのだろうか。康彦は自らの若い頃を振り返る。店を継いだのは親父が倒れたからだ、というのは言い訳たっだと知るものは自分しかいない。
『祭りのあと』
82歳の喜八が風呂場で倒れたまま意識不明となる。入院が長引くと東京から帰って来ていた息子も戻らざるを得ず、妻、房江は毎日タクシーで見舞いに向かう。毎日行かんでもと声をかける康彦たちの心配をよそに、房江は頑として譲らない。
『中国からの花嫁』
40歳の大輔が、中国に集団見合いに行き花嫁を連れて帰った。町じゅう噂でもちきりだ。ところが大輔は、披露宴もしなければ、花嫁を連れて知り合いに挨拶に行くこともない。どうなってるべと心配する康彦たち。どうやら大輔は、この歳まで結婚できず中国から嫁をとった自分を恥じているらしい。
『小さなスナック』
42歳の早苗が帰郷し、スナック「さなえ」を開いた。これまで還暦過ぎのママがいるスナックしかなかったものだから、男たちが色めき立つ。
束の間の娯楽よ。過疎の町で、同じメンツでずっとやってっから、いろんなことを忘れちまう。女に惚れるなんてこともそれだべ。忘れかけていた感情を早苗ちゃんが来て思い出させてくれた。みんな一緒よ。シユウちゃんも、桜井君も、もちろん、こっちはいい歳だし、今さらカカアと別れて若い女に走るなんて出来るわけがねえ。そもそも自分がそんなふうにしてモテるはずもねえ。そういうの全部承知の上で、何年かに一回、外から刺激が入って来て、みんな浮足立って、ぼうっとなって、しばらくしあわせな時間を過ごして、また何もねえ日常に戻っていく。
『赤い雪』
苫沢町が映画のロケ誘致に成功した。大女優も来るらしい。町民もエキストラで出られるという。沸き立つなかロケが行われるが、映画はどうやら連続殺人のサスペンスらしい。
『逃亡者』
25歳の修平が、東京で事件を起こした。詐欺グループの主犯で逃亡中。修平の両親は雨戸を閉ざしたままひきこもり状態。警察にも見張られている。康彦たちは、心配して2日ごとに食事を運ぶことにした。
「見張りの警察はまだいるの?」
「よく知ってるな」
「青年団のみんなに聞いたから」
「逮捕までは交代で見張るみてえだな。もう町民とは顔見知りよ。うちの婆さんも餡ころ餠を差し入れて、お礼に拳銃を撃たせてもらってたさ」
「親父、いつからそういう冗談言うようになったべや」
和昌が憐れむような目を向ける。
「変化がねえ毎日を送ってるとな。オメもそのうちこうなる」
読んでいてホッとする小説だった。それは、主人公、康彦の人柄によるところが大きい。人としてバランスがとれている。誰に対してもフェアだ。誰かの気持ちに寄り添うことができる人なのだ。だから、町民たちに頼りにされ、息子が店を継ぐことよりも彼の人生を考えて応援できるのだろう。
北海道の過疎が進む町、架空の苫沢町が舞台です。映像化されそうな予感。
心引かれる小説ですね。
さえさんが書いてくださった文章を見ると情景が浮かびます。
こんな小さな町が日本にはたくさんありそうです。
映画になってほしいな~。
それなら理髪店のおじさんは誰にする?
こんなことを想像するのも楽しいものですね。
hanamomoさん
ありがとうございます。
ホッとする連作短編なので、少しずつ楽しみながら読むのもオススメです。
映像化されるといいなあ。
わたしなら、主役は遠藤憲一にします。
同い年の好きな役者さんです。
ほんと、そんなこと考えるのも楽しいですね~
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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