第167回直木賞候補作。
窪美澄の星座をモチーフにした5編から成る短編集。
大切な人を失った人たちの物語だ。
「真夜中のアボカド」(双子座のカストルとポルックス)
32歳の綾は、婚活アプリで恋人になった麻生さんに打ち明ける。
「一卵性双生児。私がお姉ちゃん。本当に顔も体つきも似ていてね。妹がここにいたら、多分、麻生さん、私と見分けることはできないと思うよ。だけど、二年前に突然亡くなったの」
冬になったら双子座のカストルとポルックスを教えてくれると言った麻生さんからの連絡は、いつしか途絶えてしまう。
ひとりの正月。両親はきっと自分が帰ってこなくてホッとしている。綾は静かに思う。自分を見れば妹を思い出してしまうのだから、会いたくないのだろうと。
妹の恋人だった村瀬君と月命日に妹を偲ぶ飲み会をするが、それぞれ失くしたものが大きすぎて、傷つけ合ってしまうのだった。
「銀紙色のアンタレス」(蠍座のアルタイル)
海辺のばあちゃんんちで夏休みを過ごす17歳の真。海で出会った赤ん坊を抱いたたえに恋をする。それなのに、幼馴染みの朝日が追いかけるようにやってきた。
十六、十七、十八と、年を重ねるにつれ、その重力は重くなっていくだろう、という予感があった。浴衣姿の朝日を思い、銀紙色のアルタイルをアンタレスと間違えた、たえさんを思った。あの人のことが好きだった。そして、僕は息を止め、行けるところまで深く潜っていった。
「真珠星スピカ」(乙女座の一等星スピカ)
事故死した母親の幽霊が見えるようになった、中2のみちる。学校ではいじめに遭い、保健室登校を続けているが、隣に住むイケメンの先生、尚ちゃんが天然で、みちるをかまうたびにエスカレートしていく。
もう願いごとはしていた。もう一度、母さんに会えますように。心のなかで三回唱えていた。だけど、多分、もう叶わない。早く大人になりたいと強く思った。そうしたら、すぐにピアスの穴を開けよう。この真珠のピアスをつけるんだ。
「湿りの海」(琴座のオルフェウス)
妻は、3歳の希穂を連れて男とアリゾナへ行ってしまった。沢渡は、何度も同じ夢を見る。妻を返してほしいのなら地上に戻るまで振り返ってはいけないという「オルフェウスの神話」の疑似体験的悪夢だ。
合コンに参加しつつも、隣に越してきたシングルマザー船場さん母娘と、急速に仲良くなっていくのだが。
もう一度くちびるに触れようとしたそのとき、遠くのほうで泣き声がした。船場さんの部屋からその声がする。はっ、として、彼女の顔が母親に戻る。それでも、彼女はもう一度、僕のくちびるに触れた。そして、僕の腕を摑んだまましゃがみ込む。
「子どもなんか産まなきゃよかった……」
「星の随に」(琴座の一等星ベガ)
小4の想は、父親が結婚した渚さんをなかなか「お母さん」と呼べない。赤ん坊の弟は可愛いし、渚さんは塾に行くために毎日お弁当を作ってくれる。それでも、本心は実の母親と会いたいし、一緒にいたい。
ところが、ある日を境に学校から帰ってくるとマンションの部屋にはチェーンロックが掛けられるようになり、想は家に帰れなくなってしまう。若い義母は、育児ノイローゼになっていた。見かねた老婦人が部屋に招いてくれる日が続くのだったが。
「あの日の夜空を描いているの」
僕が何も言わないのにおばあさんは言った。
「あの日の夜空?」
「……そうこれは、戦争が終わった年に東京が燃えた夜の絵」
星は、ずっとわたしたちを見ているかのように輝き続けている。
もう無くなった星も、夜ごと、たしかな光を送ってくる。
まるでいつまでも、心のなかに失くした人の残像を残し続けているかのように。
いつまでも、胸の奥の喪失という傷に塩を塗り続けるかのように。
それでも生きていく人たちを、描いていた。
子どもの頃に描いたクレヨンスクラッチを思い出すような表紙絵ですね。
広げると5話それぞれのイメージが、絵になっています。
カバーを外すと、星座が。章ごとに描かれていたものです。
双子座の片割れを描いた「真夜中のアボカド」が、いちばん好きでした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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