もしあのとき○○していたら……。
おにぎり一個で変わる人生もある。
別れ道をめぐる物語。
帯にかかれた文句である。
誰もが一度は考えたことがあるだろう、もしあのとき。
6つの短編は、そんな過去の分岐点を振り返る大人たちの物語だ。
『もうひとつ』
不倫するこずえたちふたりをとりもつ形となってしまい、ともにギリシャを旅する二三子夫婦。不倫して考えるようになったと、こずえは言う。
今いるところから出れば、きちんともうひとつ、私の人生がある。
『月が笑う』
妻に一方的に離婚を迫られ、泰春は子どもの頃に事故に遭ったことを思い出す。
あんたをはねた運転手を、逮捕する? しない?
そのとき自分は、許すと答えたのだったと。
『こともなし』
若い頃、別れた恋人に不幸になって欲しいか、幸福になってほしいか。聡子の友人まるみは、きっぱり答えた。
そんなのもっちろん不幸に決まってるでしょう。私だったら呪うくらいする、不幸になれェ不幸になれェって。
そう思えない自分の方が余程粘着質なのではないかとそのとき思った通り、聡子はブログに幸せそうな日々を綴り続けていた。ブログを見てほしいのはひとりだけ。あのとき、今ここを選ばなかった自分だ。
『いつかの一歩』
昔恋人だった女、みのりが飲み屋を始めた。徹平は、その後結婚と離婚を経験していたが、それさえもみのりとのことが原因だったように思えてしまう。みのりがその後どんな人生を送っていたのか聞いてみたい。その一心で飲みにいく。
もしみのりと結婚していたら、とますます考えるようになった。
『平凡』
高校時代の友人で売れっ子料理研究家の春花が訪ねてくる。舞い上がる紀美子だったが、春花に近隣で起きた火事の焼け跡へ連れて行ってくれと頼まれる。火事で亡くなったのが恋人だった人かどうか確かめたいという。
「呪ったの。不幸になれ、不幸になれ、不幸になれって。毎日」
「え」
「こわいでしょ。でも、そうしないと、ちょっとどうしようもなかった」
春花は、そこまで(死)は望んでいなかったのに、と言いつのる。
『どこかべつのところで』
庭子はいなくなった猫を探し途方に暮れていた。張り紙を見て連絡をくれた親切な女性、依田愛は、庭子に語るのだった。
「おにぎりの日からね、私、二人になったみたいな気もちでいるの」住宅街を歩きながら、依田愛は唐突にさっきの話に戻った。「ひとりは、おにぎりを作った私。もうひとりは、おにぎりなんて作らなかった私。おにぎりなんて作らなかった私も、あのときから年齢を重ねているのよ」
「もしあのとき」そう考え始めると、スパイラルは延々と負へと向かい伸びていく。今よりもいい人生? 華やかな人生? 堅実な人生? スリリングな人生? 情熱的な人生?
なんていうか、そういう、今持ってるものじゃないものばっかり追いかけている行為が、おれは甚だ嫌いだってこと。
『もうひとつ』の二三子の夫、正俊のセリフだ。
「うん、同感」
そう口にしつつも、ついぞスパイラルに足を踏み入れてしまう。
「もし、あのとき」と。
レトロな雰囲気の表紙に魅かれて、手に取りました。
この帯、インパクトあるなあ。タイトルが好き。ネタバレになるのでかきませんが。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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