「悪いうさぎが、どっかいっちゃった」
居間も、寝室も、仕事部屋も、子どもたちの部屋までも探したが、一向に見つからない。夢までみた。カンガルーが押し入れにいた。しかしうさぎが顔を出したのは埃臭い紙袋からだった。なかにはBOOKOFFに持って行く本が入っていた。危うく売られるところだった『悪いうさぎ』(文春文庫)は『依頼人は死んだ』で始まる女探偵葉村晶シリーズの2冊目。1冊目を飛ばして衝動買いした2冊目から読み始めたところ、ひどく読みにくく感じたのだが、そんな要素はかけらも感じられなかった。すっかり葉村晶のファンになってしまったのだ。
晶は、家出した女子高生ミチルを連れ戻す仕事で刺された。入院し療養中の身だったが、ミチルの同級生で行方不明の美和探しの依頼を受けることになる。そして、美和を探すうちにさらに行方不明になっている少女をに行き当たる。彼女たちは、どこへ行ったのか。すでに打ち切られた調査を執拗に続ける晶は、ついに何者かに襲われ監禁されてしまう。以下、本文から。
目をきつくつぶり、大きく息をした。感じるのではなく、考えようとした。嘔吐したということは、少なくとも首はまだ身体についている。四つんばいになって身体を移動できたということは、手足も身体に残っている。
心温まる情報だ。
やがて、鼓動が落ち着き、冷や汗も止まった。そっと手を持ち上げて、痛みの具合を調べてみた。座ってみた。立ってみた。歩いてみた。どれも、難なくというわけにはいかなかったが、『2001年宇宙の旅』の猿人類のオーディションに参加できる程度にはこなせた。
あらためて周囲を見回した。小さな部屋のようだった。暗かったが、天井と壁の境目の隙間から光がさしこんでいる。狭苦しい、金属製の部屋。少し傾いている。この頃には目が慣れていたので、いまいる場所がどこだかわかった。再びパニックに襲われるところだった。トラックの荷台。大きさから考えて、二トンのボックスタイプのトラックの荷台だ。
監禁され、暗闇と飢えと孤独に苦しんだ晶は、自分の弱さを知る。
暗闇が怖い。温かな人の肌にしがみつきたくなる。頼ってきたミチルにかまっている余裕が持てない。親友のみのりとケンカしたまま連絡がつかない。
シリーズ2冊目は、クールな晶の弱さと普通さを見せてくれた。特別な存在ではない、人肌が恋しく友情に悩む、オレオをはがしてクリームを舐める30女。
自分があまりに普通であることに絶望しながら、しかし、彼女は考える。真相は何なのか。これまで集めた情報の、何かを見落としている。それが何なのか。
目利き編集者Nさん、ありがとう。偏愛ミステリーなんだね。
あと2冊、まだ手もとにあります。うれしい。このミス2位。すごい!
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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