瀬尾まい子の小説『春、戻る』(集英社文庫)を、読んだ。
帯には「突然現れた”おにいさん”は、年下のひとでした」
「結婚前夜、心の奥をくすぐるハートフルストーリー」とある。
このところミステリー漬けだったので、読み始めるなりホッとした。
以下、本文から。
「私、36歳なんですけど、あなた、年下ですよね?」
まずはわかりやすいことから明らかにしていこう。私は落ち着きを取り戻すと、そう問い詰めた。男の子はどうさばを読んでも30歳には届かないはずだ。
「うん。僕、24歳」
男の子が悪びれることなく軽やかに答えるのに、私はくらくらした。
「だったら、少なくともお兄さんではないでしょう。12歳私のほうが年上です」
「さくらって、いまだに先に生まれたほうが兄っていうシステムを導入してるの?」
「へ?」
「あ、そんなことより、今気づいたけど、さくらと僕って干支が一緒なんだ。未でしょ? うわ、今まで知らなかった。奇遇だねえ」
知らない間に法律が変わって、各家庭できょうだいの順序を決めるようになったんだっけと困惑している私をよそに、お兄さんとやらは一人で盛り上がっていた。
「あの、何がなにやらよくわからないんですけど」
「僕もだよ。久しぶりに会った妹が、完全に僕のことを忘れてるんだもん。感動の再会をイメージしてたのにな」
男の子は牛乳がたっぷり入ったカフェオレを飲みながら、しょんぼり肩を落としてみせた。私の名前を知っていて、躊躇なく呼び捨てにしてしまう。いったい彼は誰で、何をしたいのだろうか。
結婚を目前にしたさくらは、OLを辞め、花嫁修業中。”おにいさん”に呼びとめられたのは、料理教室の帰りだった。
母親の知人の紹介で決まった結婚。何も不満はない代わりに大きな期待もない。辛くはないがわくわくもドキドキもしない。結婚なんて、人生なんて、こんなものだろう。さくらは、そんなふうに考えて毎日を過ごしていた。さくらには忘れたい過去があって、たぶんその大波から逃れたときから、人生は凪いでいた。
しかし”おにいさん”が現れて、凪いでいた波がよせて返すのを感じるようになっていった。
辛い忘れたい過去があっても、小さな幸せを数えることができる毎日もまた、ここにあるのだ。たぶん、誰にでも。そんなことを、あらためて思う小説だった。
たこよんもおススメの、ほんわかストーリーです。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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