杉村三郎シリーズ5作目が出た。うれしい。
第1作の『誰か Somebody』から楽しんできたシリーズだ。『名もなき毒』『ペテロの葬列』を経て第4作の『希望荘』で、これまで事件に巻き込まれる立場だった杉村三郎は、私立探偵となった。
本作『昨日がなければ明日もない』には、中編3編が収められている。
帯には「杉村三郎vs.”ちょっと困った”女たち」とある。
『絶対零度』自殺未遂をし消息を絶った主婦。
『華燭』訳ありの家庭の訳ありの新婦。
『昨日がなければ明日もない』自己中なシングルマザー。
そして、”困った女”がいるところには、当然”男”もいるのだった。
以下『絶対零度』から。
――わたしも、トモ君がサークルの先輩の言いなりになって、いくらでもいい顔しようとするのは嫌なの。だけど、言ってもわかってくれないの。
――先輩がらみのことさえなければ、トモ君は最高の恋人だし。
思い出すとまた腹が立つのか、笠井さんは顔を歪めた。
「わたし、うちの祖母が言ってたこと思い出しました。お酒さえ飲まなければ、ギャンブルさえしなければ、浮気さえしなければいい人ってのは、それをやるから駄目な人なんだって」
「至言ですね」と私は言った。掛け値なしの真実だ。
以下『華燭』から。
「気分転換に、ぱあっと世界一周旅行でもしたら?」
「そうですね。こういうお金は使っちゃったほうが厄落としになるかもしれないですね」
淡々と言う彼女は、もう桜も満開を過ぎたというのに、一人だけ妙に寒そうに見えた。
私も、共に生きていこうと誓い合い、愛情と信頼を傾けていたパートナーに裏切られた経験がある。こういう傷は、たぶん永遠に癒えない。出血が止まり痛みが消え、目立たなくなることはあっても治りはしない。傷めたところがかえって強化されるということもない。忘れることもできない。
以下『昨日がなければ明日もない』から。
女の子にとってはローカルモデルの母親とうまくいかず、縁あって姑となった女性からは嫌われる。朽田美姫はそれが不満で「自分は不満だ、もっと認めてほしい、思いやってほしい」という気持ちを、悶着を起こすことで示しているのだ。不器用で愚かで、子供っぽい。彼女の中身はまだ多感な少女なのだ。若年出産した女性がみんなそうなるわけではないが、朽田美姫は母親になり損ね、十代で時が停まったままなのだろう。
推理小説としては『華燭』が好きだった。事件にまったく関係のない結婚話が出てくるのだが、それがラストいい感じに落ちている。伏線回収が正しく行われているだけじゃなく、血縁や記憶や男と女の一筋縄ではいかない部分が、言葉ではなく胸に落ちてきた。好きなタイプの小説だった。
そして杉村三郎は、期待通り常にフラットな姿勢を崩していなかった。
さて。新しく登場した継続捜査班の刑事、ちょっと嫌味な立科警部補は、まだ何もしていない。彼は、次作でちゃんとした役をもらっているのだろう。早くも続きが楽しみだ。
絵は杉田比呂美。タイトルと同色の紐栞が素敵ですね。
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シリーズ本紹介と、相関図もある!
著者インタビューも。宮部みゆきは、シリーズ第1作から杉村三郎を探偵にする予定だったんですね。そこまで3作を経ているっていうのが、すごいなあ。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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