生も死も、夢も現実も飛び越えて、あなたを救う物語。
帯にそう謳われた、彩瀬まるの短編集。6つの短編が収められている。
『君の心臓をいだくまで』
日菜子のお腹の赤ん坊が動かなくなった。医者は次回の検診まで様子見だという。生きているのか死んでいるのかわからない生き物を宿していることに疲れ果てたとき、おばだと名乗る女がやってきた。女はすでに死んでいる鳥だった。
「こわいんでしょう? そんな弱いの、産んだって大変よ。きっと色んな苦労をあなたの中に引き込むわ」
日菜子は知っている。女の言葉は自分の心のなかの声だと。
『ゆびのいと』
妻の千尋が死んだ。だが千尋は、焼き場から帰った日にも台所に立ち夕飯を作っていた。
『眼が開くとき』
瑠璃は、美しいものを見極めるのが際立って上手かった。花も、羽化したばかりの蝶も、男の子も。そして思う。食べちゃいたいと。
『よるのふち』
母親が交通事故で死んだ。慣れない生活に戸惑うばかりの父親と、5年生の宏之、泣いてばかりいる2歳の弟。暮らしは荒れていくばかりだ。夜、耳慣れない音に悪夢ばかり見るようになった宏之は、弟のところに母親が来ていることに気づく。
『明滅』
片田舎で暮らす若い夫婦。評判の預言者は、大災害を示唆している。夫は不意に昔、川に流された記憶を妻に語る。救いようのない場所へと落ちていく瞬間。大雨のなか、妻はずっと考えていた。その時自分はどうするのだろうかと。
『かいぶつの名前』
中学校にずっと居続ける、屋上から落ちて死んだ〈わたし〉の記憶は曖昧だ。
残っているのは、私は私を嫌いだったという苦い印象ばかりだ。
ある日〈わたし〉のことが見える女性教師がやってきた。〈わたし〉は次第に記憶を取り戻していく。
するすると読み進めてしまったのは、どこかなつかしい〈過去〉を思い起こさせるような雰囲気を持つからだろうか。
思い起こすのは、胸のなかにしまいこんだまま蓋を開けずにいた気持ち。理由もなくとってしまう乱暴な行動。掴もうとするたびに逃げていく今。不確かな気配だけが頼りなく漂うかかわり。
たぶんそれらは、大人になるまえに〈生きている世界〉に感じていた、ざらざらとした空気に混じっていた粒子だ。
彩瀬まるはそれをひとつひとつざらざらしたままとりだして、形を変えず読者に手渡してくる。〈死〉を描きながら、確かにそこにあった〈生〉を炙り出す。
切ない。けれど、これまで逢うことのなかった自らの〈過去〉に出会えたような、やわらかでしんとした気持ちにもなった。
タイトル『朝が来るまでそばにいる』は、短編にはありません。それでも6つの短編を読み終えてぴたりとくるタイトルだと思わずにはいられませんでした。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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