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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

『殺人出産』

「この本読む? 素晴らしく気持ち悪くなること請け合いだよ」

「なんでわざわざ、気持ち悪くなる本、読まなくちゃなんないの?」

東京から帰りの特急あずさで夫に言うと、ひどく嫌な顔をされた。

 

『殺人出産』(講談社文庫)は、去年芥川賞を受賞した村田紗耶香8冊目の小説。第14回センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞受賞している。ちなみに芥川賞は、10冊目の『コンビニ人間』(文芸春秋)で受賞。その2年前に出版された、4編が収録された小説集だ。

 

表題作『殺人出産』は、百年後の世界。

日本では「殺人出産制度」が導入されていた。人口減少を食い止めるために用いられた制度で、簡単に言えば十人出産したら一人殺す権利を得るというもの。百年後の世界では、恋愛やセックスと出産とが結びつかなくなり、子どもを産むという行為は子孫を残すために必要とされる事業となっていた。

「産み人」となれば、それが職業となる。十人の子どもを産み続けるまで、センターで手厚い保護を受けられる。そして生み終えれば、公的にひとりの人を殺す権利を得るのだ。その「産み人」も、選ばれた「死に人」も世の繁栄に貢献した人として崇められていた。

それと同時に死刑もなくなり、産刑、つまり牢獄で子どもを産み続けることがもっとも重い刑罰となった。医学が進み、男性も人工授精人工子宮、帝王切開で子どもを産むことができ性に関係なく産刑が与えられるのだ。以下、本文から。

「森岡さんは、殺したい人っていますか?」

早紀子の質問に、「やだあ、チカでいいですよお」と言い、チカちゃんはスナックを租借しながらしばらく宙をみて考えた。

「えーっとお。ちょっとだけの人なら、たくさんいるんですよねえ。元彼がもうすぐ浮気相手と結婚するみたいだから殺したいしい、今朝の痴漢も殺したいしい、あ、あと、この会社ならリーダーかなあ。あの人、ほんとヒステリックなお局って感じで、むかついてー。ミスもこっちのせいにするし。ありえなくないですかー?」

「うん、まあね」

適当に相槌をうつと、チカちゃんは新しい蝉をつまみあげて肩をすくめた。

「でも『産み人』になってまで殺そうとは思わないですねー。命懸けだし、そんなに何年も先になっても殺したいかわからないし。殺人って、衝動じゃないですかー? それなのに、そんなに継続できないです。だから瑞穂さんみたいな『産み人』って、本当に選ばれた人なんだなー、って思いますう」

2話目『トリプル』は、3人で恋愛するのがスタンダードになった世界。

「私も中学のころ、トリプルで付き合ってたけど、自分にはカップルの方がいいって思うから、それを選んでいるのに。好奇の目で見られるのには、うんざり」

「私は、カップルのことも否定しないよ」

「真弓みたいな子は珍しいよ。トリプルで付き合ってる子には、恋人の話はしたくない。『なんで?』『キスはどうやってするの? セックスは?』って、平気でプライバシーを侵害してくるんだもの」

「……ごめんね。悪気はないんだ」

自分もさっきそんなことを聞いてしまったのを思い出し、素直に謝った。

「真弓は、そうやって謝ってくれるだけ他の連中よりずっとまし。あーあ、今度聞かれたら保健の教科書投げつけてやろうかな。こうやってやるのよ、小学校で習わなかったのって」

『清潔な結婚』は、恋愛関係より家族でいることに重きを置いた夫婦の話。

居心地よく暮らす相手と、恋してセックスする相手とは別というふたりだ。

「私は今まで、何度か男性と同棲しましたが、いつも途中で相手のことが気持ち悪くなり、こちらから別れました。家族なのに女であることを求められたり、一方で友達のような理解者であることを求められたり、なんだか矛盾しているんですよね。母親になったり女になったり友達になったりしなくてはいけない。私は、ただシンプルに、兄妹みたいに暮らせたらそっちの方がいいです」

「僕も同感です! それが言いたかったんです! でも、誰もわかってくれなくて……。あの婚活サイトも、許せませんよ。年収を書く欄があったり、女性には得意料理を書く欄があったり……家族ってそういうもんじゃないでしょう。男とか女とかそういうものは抜きで、僕はパートナーを探したいんです」

ラスト『余命』は、ショートショート。医学が発達し、死がなくなった世界だ。

「お客様、そろそろ死ぬ予定がおありなんですか?」

業者の若い男が尋ねるので、わたしは頷いた。

「はい。明日か明後日を予定しています」

「そうですかー。僕も、来月くらいに彼女と死のうと思っているんですよ」

10代、20代の間ではカップル死を選ぶ人も多い。「いいですね」と私は相槌を打った。

「お客さんはどの辺りで死のうとしてるんですか? ディズニーランドとか、お花畑とかですか、やっぱり」

「うーん私はもっとナチュラルな死に方にしようと思ってるんです」

「あ、いいですねー、ナチュラル死。俺の姉貴もそれで死んでましたよー」

この小説集のすごいところは、百年後という設定に真実味を持たせているところ。確実に自分は消滅しているであろう世界だ。以下『殺人出産』より。

私たちの脳の中にある常識や正義なんて、脳が土に戻れば消滅する。100年後、今地球上にいるほとんどのヒトの命が入れ替わるころには、過去の正常を記憶している脳は一つも存在しなくなる。

その頃には、殺人も出産も結婚も恋愛も、何もかもが今とは違って捉えられている可能性がないとは言えない。そんな恐ろしさが見え隠れする小説だった。

CIMG6714おどろおどろしい雰囲気とアニメーション的な感じを併せ持つ表紙です。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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