藤崎翔のミステリー『神様の裏の顔』(角川文庫)を、読んだ。
手にとったのは、帯にある黒川博行の名に魅かれたからだ。横溝正史ミステリー大賞の選考委員の名に黒川があり、それならばおもしろいだろうと確信した。
小説は、元教師、坪井誠造の通夜に始まり通夜に終わる。
坪井は、分け隔てなく子どもたちを愛し、困っている人みんなに心を砕く、神様のようだと誰もが思う人柄だった。ところが7人の登場人物により、坪井が起こしたと疑われる事件について少しずつ語られ、真実が明らかになっていく。
語り手は、このメンバーだ。
容姿端麗で生真面目な坪井の娘、晴美。その妹で売れない女優の友美。坪井の教え子の40代の男性、斉木。坪井の元同僚で体育教師の根岸。隣に住む年配の主婦、香村。坪井の教え子でアパートの店子でもある20代の女性、鮎川。アパートの店子で売れない若手芸人、寺島。
神様坪井誠造は、はたして裏の顔を持っていたのか。以下、本文から。
今日の今日まで、あの盗聴器を先生が仕掛けたなんていう可能性を考えたことはなかった。でも、今日のお通夜の途中で、急にその可能性に思い当って、しかも今、エレキングという店が盗聴器を売っていたというニュースを偶然見てしまった。これって、何かのお告げなんじゃないの?
……なんて、そこまで考えたけど、また慌てて自分で否定する。
馬鹿馬鹿、アタシの馬鹿! どうしてそんな妄想するの? だめだめ、先生がそんなことするわけがないんだから。そんなわけない。先生がそんなことするわけない……。
「大家さんがそんなことするわけないよな」
突然、隣の坊主頭の男がつぶやいた。
えっ……なんで?
アタシの心の中とまったく同じタイミングで、同じ言葉を、この男は口にした。
もしかしてこの男、人の心が読めるの?
あっ、でも、この男も同じアパートの住人なんだ。そして、今のニュースを見て、大家さんがそんなことするわけないよな、ってつぶやいた。
ということは……この男もアタシと同じように、先生が「そんなこと」をしたんじゃないかっていう心当たりがあるのかもしれない。
どこから見ても「いい人」は、ほんとうにいい人だったのか。心の裏側は、誰にも判らない。判らないから、おもしろい。どんでん返しに、やられた!
表紙は、語り手7人の絵でしょうか。
直木賞を受賞したばかりの恩田陸も、選考委員だったんですね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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