しつこく小川洋子を読んでいる。
”移動する”六篇の物語、と帯にはある。
『約束された移動』
表題作。ホテルのロイヤルスイート担当となった客室係は、ハリウッド俳優Bが滞在した後、決まって本棚から1冊だけ抜き取られていることに気づく。
Bが泊まる。本が消える。それは「約束された移動」だった。
それを隠蔽しつつ、彼女は消えたものと同じ本を読み、Bが出演した映画を繰り返し観ていく。深く深くBの胸の奥に隠されたことを知ろうとしていく。
『ダイアナとバーバラ』
バーバラは母親となった若い頃から、ダイアナ妃が着ていたドレスと同じものを作り続けていた。唯一の理解者である孫娘と出かけるときには、それを着る。誰が振り返ろうと気にも留めずに。
『元迷子係の黒目』
小学生の〈私〉は、隣りに住む遠い親戚の女性を「末の娘」と呼んでいた。彼女は黒目に特徴があり、斜視だと大人たちは言う。
注目すべきなのは二個の黒目が常にすれ違っていることだった。片方が前方を見やればもう片方は斜め上向き、片方が下を向けば片方は斜め内向側、といった調子で、お互い協調する気配が全くなかった。
学校で協調性がないと言われている〈私〉は、「末の妹」の黒目が、しっかりと見据えるものに目を見張る。
『寄生』
〈僕〉は、突然見ず知らずの老女に抱きつかれる。これから彼女にプロポーズするはずだったのに、老女は身体を絡みつかせて離れない。
『黒子羊はどこへ』
夫を亡くした女は、漂着した2頭の羊を飼うことになる。島にはいない角を持つ羊たちから黒子羊が生まれ、大人たちは不吉だと嫌ったが、子どもたちは集まってきた。やがて女は託児所の園長となった。
『巨人の接待』
ヨーロッパの小さな村の地域語しかしゃべらない作家「巨人」が来日した。通訳の〈私〉は、彼の小さな小さな声に耳を傾ける。
どれも狂気を描いていた。
客室係はBとの秘密を隠し持ち、バーバラはダイアナの衣装にただならぬ思いを抱き、老女は寄生し、園長はJの歌に酔い、巨人は日々ポケットにパンを忍ばせる。
どれも狂気であるが、他人に害を与えないものである。
その狂気は誰のなかにも、そしてたぶんわたしのなかにもある。
そんな紙一重的な怖さが、ページをめくるたびに押し寄せてきた。
そしてまた、特異な能力をも描いていた。
例えば休日にダイアナ妃のドレスをまとうダイアナは、市民病院の案内係の仕事中、すべての人を安心させることができた。
また例えば元迷子係の「末の妹」は、迷子とそうでない子を瞬時に見分けられたし、水槽の中の熱帯魚を1匹1匹見分けることすらできた。
それらは、ひとつのことに集中できることから生まれた能力なのかも知れない。
あるいは、ひとつのことに集中しすぎることを狂気と呼ぶのかも知れない。
表紙の枠に収まるようにして咲いている花に、束縛とか拘束のようなものを感じます。ドキッとするような濃く深い赤ですね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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