文通。そんな古風なやりとりで綴られたサスペンス。
ふたりが入会した「綴り人の会」は、住所や本名を明かすことなく文通ができるシステムだ。
まずは会報の自己紹介欄を見て、相手を決める。
決まりは、手がきの手紙を封書に入れること。
手紙は、月2回の転送日にのみ相手に送られる。
柚(ゆう)〈事実〉都内で暮らす夫に抑圧される人気作家、35歳。
〈嘘〉夫にDVを受けている主婦27歳、ペンネーム凛子。
航大(こうた)〈事実〉地方の三流大学三回生、21歳。
〈嘘〉エリート商社マン、35歳、ペンネームクモオ。
こうして始まった凛子とクモオの偽りだらけの文通は、偽るほどに真実を炙り出し、ふたりを狂わせていく。
手紙にかかれたたがいに”フリ”をした言葉の連なりが、味がある。さすが井上荒野だと思わせられた。
たとえば、夫との関係を変えたい柚は、かく。
人間ひとりあたりの勇気って、絶対量が決まっているものかしら? 花みたいに、水をやれば育っていくものなのかしら?
また、彼女との関係がうまくいかない航大は、かく。
あれは恋だったのか、ということ。恋について、こんなふうにじっくり考えたのは、はじめての経験だということ。恋というより、「自分の心」と言ったほうがいいのかな。そのきっかけをくれたのは、凛子さんとの文通だということ。
柚は、綴る。
今もどこかで夫を愛しているのかもしれないと思うことがある。だって今日は昨日の続きだから。私の中は過去で塞がっていて、未来が入る余地がない。どうしたら断ち切れるのかしら。
冒頭プロローグに、凛子はクモオに夫の写真を送っている。文面は夫の殺害依頼ともとれる内容だ。本文は、文通を始めたきっかけから遡るが、殺人依頼を受けたクモオはいったいどうするのか。ふたりはどこまで落ちていくのか。読者は偽りの恋文を読みながら恐怖が高まっていく。
小説は、赤に近い濃厚なピンク色を連想する「恋」から、ブルーのインクを落とした「保身」へ、黒に近い紫を思わせる「愛憎」へとグラデーションしていく。
検索してみたら「綴りの会」のような「文通村」というサイトが見つかりました。文通、今でも生きているんですね。お家時間に手がきの文字をかく人が増えているそうです。
☆シミルボンサイトで連載中。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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