持論としていることがある。
人は、自分以外の人の気持ちを、どうやっても理解できないということだ。
想像はできる。だが、ほんとうの気持ちはわからない。たとえどんなに親しい間柄でも。
そしてそれが、パーソナルスペースから離れた場所にいる人だったら、想像すら追いつかない。だからステレオタイプな考えに納得し、わかったような気になる。けれど、本人になってみないことには、わかりようがない。
だから、他人は言う。
「小さなことで、くよくよするなよ」
しかし人は、小さなことでくよくよするものなのだ。
山本文緒の7年ぶりの長編小説は、それをことごとく立証していくかのように、些細な出来事ばかりを選んでいくつものトラップを仕掛け、主人公がなかなか抜けだせない沼に足をとられ一喜一憂するさまを淡々と描いていた。
たとえば母親の病気は更年期障害だ。病気というほどじゃないと思われがちだが重症で、それをわかってもらえないことにも苦しんでいる。
他人から見れば小さく些細なことごとに、人はいつも思い悩み苦しんでいる。そんなエピソードの数々に、うんうんと何度もうなずいた。
主人公は32歳の女性、与野都(よのみやこ)。
東京の自然素材を使った大好きなブランドで洋服の販売をしていた都は、父に呼び戻された。母が病気になり看病しなくてはならないが、父が働かなければ食べていけない。都は茨城の片田舎の実家に帰り母の看病をするかたわら、近所のモールで働き始めた。
東京では失恋していて、恋もしたいし結婚だっていずれはしたい。結婚して子供がいる友人たちも増えてきた。自分はいつまで母親の看病をするのだろう。
そんなとき、同じモールの回転寿司で働く寛一に出会う。
「子供のいる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか頭ぐるぐるしちゃって」
「そうか、自転しながら公転してるんだな」
寛一は、言う。
「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」
2つ年下で中卒の寿司職人寛一は、うんちく野郎だ。
うざいと思いながらも都は惹かれていく。だが、寛一は職も失ってしまい、結婚にふさわしい相手なのか悩みあぐねるのだった。
久しぶりに読んだ山本文緒は、文句なくおもしろかった。
悩み、迷い、自問自答を繰り返す女性の心を、思いっきり描き切っていて、ストレートに心を射抜かれた。
しっかりと分厚いソフトカバーの新刊です。帯には、こうあります。
「結婚、仕事、親の介護、全部やらなきゃダメですか?」
太い帯には、新海誠ほか様々な賞賛の声が。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。
管理人が承認するまで画面には反映されません。