「絶望の深淵を見た人々の祈りと再生の物語」と帯に謳われた、湊かなえの最新作ミステリー。
読み淀むことを知らず、一晩で読み切ったのは久しぶりのことだ。
夕陽の暖色をモチーフとした表紙をとっても、秋の夜長にページをめくるのにぴったりのミステリーである。
主人公はふたり。
新人脚本家、甲斐千尋と、新進気鋭の映画監督、長谷部香。交互にそれぞれの視点で語られていく。香は千尋より4歳年上で、ともにアラサーだ。
『笹塚町一家殺害事件』を映画にしたい。
香から話を持ち掛けられ、千尋は戸惑う。
『一時間前』で国際映画祭で特別賞を受賞したばかりの監督だ。3人の主人公たちが、それぞれ自殺をする、人生を終えるまでの最後の1時間をドキュメント形式で描き話題をさらった。そんな大物監督がなぜ、伸び悩む若手脚本家に? ただ〈笹塚町〉で生まれ育ったからだろうか。
千尋は、事件があった頃はまだ中学生。たしかに〈笹塚町〉で暮らしていた。
それは、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺し、放火した事件で、眠っていた両親も亡くなっている。死刑判決も確定していた。
思い出すのは、あの子の白い手。忘れられないのは、その指先の温度、感触、交わした心。
香は小学校に上がる前、何度も母親にベランダに締め出された。そして雪の夜、隣りにも同じようにベランダに締め出されている子がいることに気づく。
冷たいとも、温かいとも感じなかったのは、互いの手が同じくらいに冷えていたからではないか。指先はただくすぐったかった。くすぐったいと感じながら指先を触れ合わせているうちに、わたしは互いが、笑っているように思えてきた。どんな子なんだろう。話してみたい。だけど、声をかけることにはためらいがあった。母に聞かれたら。あっちの家の人に聞かれたら。
そのとき隣りに住んでいたのが〈笹塚町一家〉だったという。
香は強く求めていた。あのとき心を交わしたあの子のことが「知りたい」と。
千尋にも、時間を止めたままの過去があった。真実を「知る」ことは、傷を深くするだけなのではないか。だったら知らずにいればいい。
しかし、香の「知りたい」という気持ちは、千尋の意識をも変えていくのだった。
夕陽が美しいシーンがキーとなっている。海に落ちる夕陽。そこに隠されていたものとは。
誰と、いつ、夕陽が落ちるのを見ただろう。これからでもいい。ゆっくりと暮れていく夕陽を眺めるひとときを過ごしたいと思った。
読後感が素晴らしくいい小説でした。読み終えて、この表紙のオレンジが明るく優しく感じます。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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