葉村晶は、憧れの女性だ。
なにしろタフで、かっこいい。ワイズラック(洒落た減らず口)にしびれる。昼夜かまわず子守歌にしたいくらいだ。
職業は、古本屋のアルバイト店員にして、探偵。
今回は、楽勝仕事と言われて引き受けた老女、梅子を尾行していたら、当たりくじを引く。梅子が訪ねたミツエとのケンカに巻き込まれ、階段の下で落ちてくるふたりの下敷きになりケガをする。そのうえ捜査の流れで、ミツエの持つ古アパートに移り住むことになってしまった。ミツエの孫ヒロトは、数年前に交通事故で重傷を負い記憶を失っていて、なぜ自分が事故現場にいたのか調べてほしいと葉村に依頼するのだが。
ストーリーは読んでいただくとして、葉村のワイズラックを披露しよう。
ヒロトとの会話。
「その程度ってことだよね、オレなんかさ」
わたしが黙っていると、ヒロトはこちらを見て口調を変え、おいおい、と言った。
「あのさ、今の慰めるとこ。そんな悲しいこと言っちゃダメ、あなたを忘れる人なんかいないわよって、かわいそうな若い男に言ってやらないと」
「心にもないことは言わない主義だから」
ヒロトが通っていた大学に向かいながら。
大学の事務局を取り仕切る女傑から情報を引っぺがすなんて、本来ならシャム双生児の分離手術並みの大事業だ。だがクビが決まった今ならきっと、とっても口の軽い、チャーミングなおばさんに違いない。
吉祥寺のエスニック料理人気店〈狐とバオバブ〉で。
コーヒーが来た。ランチの間中、保温器の上で惰眠を貪っていたコーヒーだった。ぬくぬくとした環境に長くいるとえぐみがでる。コーヒーも、人も。
拘留された留置所で。
知り合いの薬剤師に一服盛られたと言ったら信じてもらえるだろうかと考えた。その薬剤師は三人の子どもの母親で、夫は厚労省に勤めるまっとうで立派な市民である。ゲロ吐いて頭突きする本屋のバイト兼探偵とどちらを信じるか。オッズは一対一八〇。さあ張った。
待ち合わせたホテルのスカイラウンジで。
カウンターの奥は一面が夜景の窓になっていた。お客の目から眺めを邪魔しないように、バーテンダーは一段低いところで作業する作りのようだ。こんなところで毎日下界を見下ろして酒を飲んでいたら、いずれ暗がりに出くわすたびに、光あれ、などと言いだしかねない気がする。
ああ。葉村晶。あなたのようになりたい。タフとは対極にいるわたしには、まずムリだけど。せめて、葉村のようなワイズラックを放てるように、うーむ。なりたいのものである。
本屋で手にとったその手が震えました。おお! 葉村晶シリーズ出たんだ! やった!
そのうえ、シリーズガイドつき。葉村晶語録もある~♩
『はりねずみが眠るとき』には、シリーズすべてのレビューが揃っています。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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