村上春樹の『騎士団長殺し』(新潮社)を、読んだ。
7年ぶりの長編だ。初心者でも、村上春樹らしさをじゅうぶん楽しめる「これぞ村上春樹! なサンプルがここには詰まっている」と斎藤美奈子が朝日新聞の書評でかいていた。長編は20代の頃からすべて読んでいるが、ハルキストというわけではない。そんなわたしでもわくわくと楽しめるかなと読み始めた。
主人公の〈私〉は、36歳。肖像画を描くことを生業とする画家である。小説の芯となるところに〈私〉の見たものを記憶し、描くことのできる能力が置かれているが、それは特異なものとしては描かれていない。彼は、描きたいものをかけず商業画家に甘んじていた。
〈私〉は、不本意にも妻、柚(ゆず)と別れることとなり、その春小田原の山の上の一軒家を管理するという名目で、独り暮らすこととなった。家の持ち主は雨田具彦という高名な日本画家で、美大時代の友人、雨田政彦の父親だ。そこで〈私〉は雨田具彦の世に出ていない「騎士団長殺し」という絵を見つけた。
物語は、階段を一段一段確かめながら上っていくように、あるいは、一段一段踏みしめながら下りていくように進んでいく。
近隣の大きな家に一人で暮らす白髪の男、免色渉(めんしきわたる)に、肖像画を描いてほしいと依頼される。免色は、なぜか〈私〉に心を許し打ち明けた。13歳の少女、秋川まりえが暮らす家を眺めるためにここに住んでいるのだと。
真夜中に鈴が鳴り、井戸のような穴を掘り起こし、〈私〉の前には、絵のなかから出てきたような体長60㎝ほどの騎士団長が、現れる。そして行方がわからなくなったまりえを救うために〈私〉は暗闇の世界へと足を踏み入れるのだった。
人物紹介的に、セリフなどを引用したいと思う。妻、柚から。
「最近になって思うようになったの」とユズは言った。「私が生きているのはもちろん私の人生であるわけだけど、でもそこで起こることのほとんどすべては、私とは関係のない場所で勝手に決められて、勝手に進められているのかも知れないって」
騎士団長(「あらない」は、騎士団長特有のしゃべり方だ)
「あたしにとってはセックスだろうが、ラジオ体操だろうが、煙突掃除だろうが、みんな同じように見えるんだ。見ていてとくに面白いものでもあらない」
秋川まりえ
「もしできるなら、わたしは先生の中に入り込みたい。わたしの絵を描いているときの先生の中に。そして先生の目からわたしを見てみたい。そうすれば、わたしはわたしのことをもっと深く理解できるかもしれない。そしてそうすることで、先生もわたしのことをもっと深く理解できるかもしれない」
免色渉
「私はただの土塊(つちくれ)ですが、なかなか悪くない土塊です」、免色はそう言って笑った。「生意気なようですが、けっこう優秀な土塊と言っていいかもしれません」
年上の人妻と〈私〉のベッドでの会話
「曜日が何かこれと関係あるわけ?」
「朝から雨が降り続いているからかもしれない。冬が近づいているせいかもしれない。渡り鳥が姿を見せ始めたからかもしれない。茸が豊作だからかもしれない。水がコップにまだ十六分の一も残っているからかもしれない。君の草色のセーターの胸のかたちが刺激的だったからかもしれない」
読み終えて、とても開放的な気持ちになった。晴れた日に、大きな窓を開け放ったときのような。なぜだろう。現実というものの不確かさを、垣間見たせいだろうか。もしかすると、いくつかの確かだと思っていたものから、解き放たれたということなのだろうか。
装幀は、髙橋千裕。挿画は、チカツタケオ。「殺」の字だけがズレています。
章ごとの長いサブタイトルが、魅力的でした。
『みんな月に行ってしまうかもしれない』『好奇心が殺すのは猫だけじゃない』
『小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る』などなど。
はじめまして。
否定的な意見が意外に多く
驚いていたのですが、
肯定的な記事に出会え、
嬉しくなり、思わずコメントさせて
いただきました。
私もとても魅力的な作品だと思いました。
サブタイトルもよかったです。
どこにその文が出てくるのかな?と
探しながら読むのも楽しかったです。
拙文ですが、私も記事を書きました。
よければ遊びにきてください。
突然の訪問、失礼しました(^^;)。
波野井露楠さん
コメントありがとうございます♩
村上春樹は、難解ですよね~だから、自分なりに楽しんで読むしかないかな~と思っています。
難解だけど、文章がきれいで読みやすいし。
サブタイトル、洒落ていますよね。こういうの大好きです。
波野井さんの『騎士団長殺し』読ませていただきました。
騎士団長ごっこ、おもしろいです!
シミルボンというサイトにも、ブログを転載しています。
本好きな方の集まりなので、共感できる記事に出会えるかもしれませんよ~
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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