奥田英朗の文庫『variety(ヴァラエティ)』は、あとがきによるとあちらこちらで単発でかいた短編を集めたもので、イッセー尾形や山田太一との対談も収録されている一風変わった短編集だ。
微妙な空気を絶妙に描き出す、奥田英朗の貴重な作品集!
と、帯に謳われている。
『おれは社長だ!』と『毎度おおきに』は、一流企業を退職し、広告代理店を立ち上げた38歳の中井和宏が主人公。
わたしの夫は同じく30代で広告会社を起業し、26年目。
どこに会社を構えるか。どんな人を雇うか。経費はどのくらいかかるか。生活はできるのか。
なんともなつかしい話が繰り広げられていた。
我が家のときより子どもたちは少し大きく、小学生。こんな会話もある。
「パパは仕事でうそをついたことはありますか」
祐希の質問に、和宏はぎょっとした。頬張ったから揚げを吹き出しそうになる。
「どうしてそんなこと聞くんですか」ビールで流し込んで問いただす。
「毎朝”今日のニュース”っていう時間があって、先生が食品ギソウの話をしたの。そしたら、みんなオトナはズルイって」
「パパは、そういううそはついたことがありません」
「ちがううそならついたことあるの?」
昼間の電話を思い出した。デザイナー相手にギャラを値切った。
「罪のないうそなら、少しあります」
和宏は、内装会社の抜け目ない社長に、経営の裏表を学んでいく。
『ドライブ・イン・サマー』は、東京から神戸に向かう高速道路での出来事。
ベンツのハンドルを握るのは妻の弘子。助手席に座る夫の徳夫視点で語られるのだが、この主人公、どうにも押しが弱い。
夫婦ふたり、お盆で渋滞するなか弘子の実家へ帰省することも、徳夫は嫌だと言えない。子どもが欲しいのだが「まだいいじゃない」と言われそのままになっている。
弘子がヒッチハイクの学生を乗せたときにも、その学生が図々しい物言いで弘子に言い寄ってきたときにも、さらにツアーバスに乗り遅れた老婆を乗せたときにも、ジェットコースター的に次々に起こる出来事にも、押しの弱い性格ゆえに流されていくのだった。
『噂の女』を思い出す、ストーリーだった。
ほかに、熱海の旅館に偽名で働く訳ありの女『住み込み可』、高校生の娘が外泊したいと言うが、どうも男の子と一緒らしい。母はどうするべきか『セブンティーン』、昭和の小学生を描くノスタルジーたっぷりな『夏のアルバム』など。
人の気持ちは、ゆらゆら揺れる。小さな「ま、いっか」が大きな事件につながるときもあるし、考えに考えて選んだ道で失敗することもある。
読み終えて、みんないろいろあるよなあ、明日もちょっとだけがんばろっか、と思う。人と人との微妙な空気のなかで、みな溺れないよう必死で泳いでいるのだ。
表紙絵のSALTWATERFISHって何? と思って調べたら直訳。海水魚でした。本が海に沈んでいるイメージなのかな?
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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