旅の日々、夫が写真を撮っているあいだの小さな待ち時間が数多くあった。
徒歩1分のエヒード公園での時間がもっとも多く、そこではじっと風景を見つめることができた。
12月のエヒード公園は、まだまだ紅葉した葉が木々に多く残っていて、ひとひらひとひら、ゆっくりと落ちていくさまを眺めた。
不意に、目撃した。
音も立てず地面に着地した一枚の葉が、これまで散っていた落葉たちに同化する瞬間を。
それは、一秒にも満たない瞬く間のことだった。木に残っていたまだ「落葉」ではない葉が、「落葉」となる瞬間であり、その瞬間、ほかの落葉たちがそのひとひらを受け入れ、地面に触れたばかりの葉も受け入れられたことを瞬時に悟り、「落葉」となった。
そんなふうに見えたのだった。
枝離れ地に触れ落ち葉生まれたる
考えに考えて、しかし新たな落ち葉が、先に落ち葉となったものたちに一瞬にして同化したことへの驚きは、詠めなかった。
俳句を始めていなければ、きっと気づきもしなかった些細なこと。小さな発見が、旅を豊かにしてくれている。
12月のエヒード公園。まだ、紅葉した木々が落葉を散らしていました。
はらりはらり、静かに散っていった落葉たち。
「落葉」は、冬の植物の季語です。
霜が降りた朝。今年のピントは、例年になく冷え込んだそうです。
「mucho fríoムーチョ フリオ(とても寒い)」と、ペドロ。「とても」という意味の「mucho」は、「むちゃ」に聞こえます。「むちゃ寒!」。
ひと雨降って、葉が落ちました。
すっかり葉が落ちて。最後の日1月11日のピントは、よく晴れていました。
夫が何度もシャッターを切っていた噴水。
閑談するお年寄りたちが、たくさんいらっしゃいました。
1月10日過ぎても、クリスマスツリーは、まだ片づけられないままでした。
ずっと、エヒード公園の向かいのベンチで読書中の彼女。
☆きのう、ぶじ帰国しました。旅レポの残りを、もう少し記録していこうと思います。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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