空が真っ赤に燃えるような、と夕焼けをよく形容するが、一昨日そんな夕焼け空を見た。
「夕焼」は春夏秋冬見られるが、夏の天文の季語。傍題に「夕焼(ゆやけ)」「夕焼雲」「夕焼空」などがある。
暗くなるまで夕焼を見てゐたり 仁平勝
夕焼の時間は、たいてい夕飯どきだ。暗くなるまでじっくり見ていることはない。こういう気持ちを忘れずにいたいと思って選んだ句。
ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる 石原吉郎
夕焼色に染まった背中が、まるでジャムをべったりなすったかのようだ、という、ちょっと思いつかない発想に驚かされた。
夕焼のつばくろに酒なみなみと 龍太
龍太のこの句も好きだった。『飯田龍太自選自解句集』には、自解が添えられている。
季のあり処は「夕焼」である。したがってつばめも秋のそれだが、そんな一刻、親しい友人たちとの置酒歓語の場を想像していただけたら有難いのだが、この作、存外わかり難いそうだ。
つばめ飛ぶ夕刻、友人たちと酒を酌み交わしている。「夕焼」は夏の、「燕」は春の季語だが、龍太のなかでは秋の夕暮れだったらしい。
わかり難いのは「に」であるが、「や」と強い切れを置きたくないがために置いた「に」だという。だが、こうもかかれている。
一読直裁に理解されないとしたら、考え直さねばならないことである。俳句は俳人だけの専有物ではないのだ。
背筋が伸びる言葉だ。もっと素直に俳句を詠みたいと思った。

リビングの窓から撮った一枚。

夕焼けて遠山雲の意にそへり 龍太

朝の八ヶ岳。

田んぼは、すっかり季語「青田」です。
青田には青田の風の渡りくる 星野椿

ツバメって、シュッとしてかっこいいですよね。「つばくろ」という傍題を使って詠んでみたいものです。

夏の季語「燕の子」。
ゆふかぜに頭吹かれて燕の子 井上弘美
☆『地球の歩き方』特派員記事、更新しました。
こんばんは。
今日は一日雨降りでした。
夕焼けの写真きれいですね。
ずっと眺めていたくなりますよね。
夕焼けに木々のシルエットがかぶさって美しすぎる。
どの句も素敵!
燕の季節なのですね。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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