庭の山吹が、日々花ひらいている。
「山吹」は、晩春の植物の季語。「面影草(おもかげぐさ)」「かがみ草」「八重山吹」「白山吹」などの傍題がある。
「面影草」「かがみ草」は、離ればなれとなる恋人たちが、たがいの面影を鏡に映して埋めた場所から、この花が咲いたという切ない伝説に由来する山吹の別称だそうだ。
日本原産のバラ科の落葉低木で、各地の山野渓谷に自生する。晩春から黄金色の五弁の花を咲かせ、一重と八重がある。八重のものは結実しない。別種に白山吹があり、花弁は四弁。
『俳句歳時記・春』より。
ほろほろと山吹散るか滝の音 芭蕉
芭蕉が、奈良の吉野川の上流、西河を訪ねたときに詠んだ句だそうだ。風もないのに散りゆく山吹に、放浪する自分の人生を重ね、はかなさを詠んだともいわれる。
山吹は、細くしなやかな枝に咲いて散りやすい。その風情は多くの俳人歌人に詠まれてきたという。
眼帯の朝一眼の濃山吹 桂信子
山吹は、色鮮やかだ。眩しい黄色、黄緑に近い明るい葉の色。片眼で見れば、それは眩しさも際立つに違いない。
山吹や葉に花に葉に花に葉に 太祗
この花の色、この葉の色だからこその句。緑のなかの黄、黄あってこその緑。リズミカルで楽しい。
山吹の咲く頃といふ約したし 細見綾子
とても惹かれた句。山吹の花そのものを詠まず、けれど、ほかの花、例えば同時期に咲く花水木とかではなく特別な花として「山吹の咲く頃」と置いている。そこに惹かれた。
奥能登や山吹白く飯白し 前田普羅
雄大な自然を詠むことを得意とした山岳俳句の第一人者、普羅。『能登青し』に収められた句だ。楚々とした白山吹は白く、そして飯も白い。発想が突飛なようにも思えるが、清楚な白山吹の生命力を、命というものを感じさせられた。
山吹や貴船の茶屋の向う岸 野村泊月
先月歩いた貴船の茶屋が並ぶ川沿いの道が、すっと思い浮かんだ。今頃、向こう岸に山吹が咲いているのだろうか。
奥能登もそうだが、行ったことのある地名が詠まれていると、それだけで風景が広がる。
こうして調べているうちに、山吹も終わりに近づいている。季節は、駆け足で過ぎてゆく。

鮮やかな黄色と、黄緑寄りの緑の葉。

上を向いて咲くのも特徴。

蕾もまた、可愛らしい。

枝が伸びて、枝垂れるように咲いているものもあります。

夫が移植した、堰沿いの斜面。

堰の水と山吹。俳句になりそうです。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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