今、そこここで藤の花が咲いている。
見かけるのは、自生している、木の上の方に見える藤ばかりだ。
「藤」は、晩春の植物の季語。
「藤の花」「白藤」「山藤」「藤房」「藤浪」「藤棚」「藤の昼」などの傍題がある。
山野に自生するマメ科の蔓性植物で、晩春に咲く花は色の名前になっているほどに美しい。小さな蝶形の花が房を成すのが特徴で、野田藤は特に長い房となり、山藤は短い。ともに棚に仕立てて垂れる花房を楽しむ。
『俳句歳時記・春』より。
針もてばねむたきまぶた藤の雨 杉田久女
こまごまとした仕事をしようと思うと眠くなる。情景が浮かび、共感を呼ぶ句だと思った。藤は、雨と取り合わせて詠まれることが多いようだ。
藤の花長うして雨ふらんとす 子規
雨との取り合わせは、藤の季節によく雨が降るからなのか、藤の姿が雨を連想させるからか。先人の句を季語で読んでいくと、菜の花には風が、藤には雨のシーンが多く登場することがわかる。
遠つ世へゆきたし睡し藤の昼 中村苑子
藤とは、眠も取り合わせられることが多い印象も受けた。「遠つ世(とおつよ)」とは、はるか遠い過去や死後の世界のこと。「藤の昼」は、晩春、薄紫の花の美しさの下、ぼんやりと眠気に誘われるような昼下がりを表すらしい。
藤房の中に門灯点りけり 深見けん二
藤を眺めれば、空が透けて向こうに見えるが、夜には灯りが見えるのだろう。「門灯」だから、立派な日本家屋の藤棚を家のなかから眺めているのかもしれない。たぶん、長く房が伸びた野田藤がいく房も垂れているのだろう。
こころにもゆふべのありぬ藤の花 森澄雄
歳時記の「藤」の句のなかで、もっとも惹かれた句。心の夕べと「藤の花」との取り合わせが絶妙で、ぼんやりしてしまうほど素敵だ。こんな心象風景を詠めたら楽しいだろうな。
調べるまで、「藤」は夏の季語だと思っていた。長い日本列島、これから咲いていく土地も多いはずだ。藤の花を見るたびに、何十年も前、急ぎ足で歩いていた道で、散り落ちた藤の花びらにハッとして見上げた空を思い出す。

車でよく通る道沿いに自生している、藤の花。

通るたび、車窓から揺れているのを眺めます。

影に。

日向に。表情もそれぞれです。

ひとつひとつの花をじっと見ると、全体の雰囲気より可愛らしい。マメ科の植物らしさを感じます。

強く強く蔓を伸ばして咲いて、きっと何年も自生しているんですね。
藤の花が美しい!
俳句も皆いい句ばかりですね。
私もさえさんが好きだという句に惹かれました。
心にも夕べがある。
若いころには気が付かなかった気持ちですね。
華やかな藤の花を見ていてもふと心はさまよって人生の終わりにも思いをはせているような・・・・。
しみじみとこんな句を作られた森澄雄さんの気持ちが少しだけわかったような私でした。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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