10月の句会。兼題は「秋澄む」「赤い羽根」。
秋の時候の季語「秋澄む」は、天文の季語「秋高し」「天高し」などと似通っていて、大きく広い風景を捉えた句が多いという。
地と水と人を分かちて秋日澄む 飯田蛇笏
蛇笏のこの句も、然り。「地」「水」「人」を並列に置いていることで、大地と水という計り知れない大きさを持つものと、人の心の広がりをも感じさせる。
『俳句歳時記・秋』では、「秋澄む」をこう解説している。
秋になって大気が澄みきること。大陸から乾燥した冷たく新鮮な空気が流れ込むため、ものみな美しく見え、鳥の声、物音もよく響くように感じられる。
「秋高し」「天高し」は、「秋澄む」と似ているが、晴れた空の高さを表す。
秋は大気が澄み、晴れわたった空が高く感じられる。(中略)好季節を表す季語である。
わたしの句は、こちら。
秋澄みて空のよりそふ山上湖
中七「空のよりそふ」に、空が親しげに湖のそばにある感じを受け、上五「秋澄みて」と合っているとの評をいただいた。湖に空が映っているのか、山の上の湖だから空に近いのか。そこが読み取りにくいとの感想もあり、考えていこうと思った。
秋の行事の季語「赤い羽根」は、広々とした風景の「秋澄む」とは対照的。手のひらに収まる小さなものだが、赤い色、募金の持つ意味、募金を募っている風景、人の呼び声、思いなどを連想させる。
赤い羽根付けてエレベーターの中 三森鉄治
たぶんエレベーターは、上っていく。羽根を付けて上がっていくおもしろさがある。その動きが見え、乗り合わせた人はいるのか、いるとしたらどんな人なのか、想像が膨らむ。都会だろうか、エレベーターから外の風景は見えるのか、いろいろなことを考えられる句だという。
また季語「赤い羽根」には、「愛の羽根」という傍題があり、どちらを置くか考えることも大切とのこと。
「赤い羽根」は、即物的で、赤い色を強調する。
「愛の羽根」は、人々の思いに重きを置いている。
半日にして失ひぬ愛の羽根 片山由美子
『俳句歳時記・秋』に載っていた句だが、心の欠片を失ったような強い喪失感を想像するのは、やはり「愛の羽根」を置いたからだろう。
11月の句会は、吟行。吟行で句を詠むのは初めてのことで不安も多いが、楽しもうと思う。
この写真の「四尾連湖」のイメージで、詠みました。
四尾連湖、紅葉の季節に再び訪れたいと思います。
「御射鹿池」の句も、詠みたいな~と考えましたが、なかなか。
ここも、紅葉になったら行きたい場所です。
でも、来週は”うめフェス”。天高く、晴れるといいな。
赤い羽根付けてエレベーターの中 三森鉄治
上るエレベーター‥‥羽
上手くかけた句ですね。好きです!
今日、我が家にも赤い羽根の回覧板がやって来ました。
針が危ないというのでこの前まで小さなシールになっていたのに、今日のは針がついていました。
近頃は町内会費の中から募金をするのにも、文句を言う人がいるとか。
もう少し公共費の意味を考えてみればいいのにね。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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