マラサーニャ地区撮影会の夜は、リーガ・エスパニョーラ観戦に出かけた。
サッカーを愛してやまない夫が、チケットを取っていたのである。
マドリードには、代表的なリーガ・エスパニョーラのチームが2つあり、3年前には「レアル・マドリード」の試合を観に出かけたが、今回は「アトレチコ・マドリード」。
国鉄レンフェとメトロを乗り継ぎ、アトレチコのホームスタジアム「エストゥデオ・メトロポリターノ」へ向かった。
スタジアムは、ホームカラーの赤と白のシンプルな外観で、広がる青空とよく似合っていた。
毎回のように、夫は露店で安売りしているアトレチコの赤白のユニフォームを、わたしには赤い帽子を買い、にわかアトレチコサポーターに変身し、ぶじスタジアムに入場。
対戦相手が、遠方カタルーニャ地方の「ジローナFC」だからか、周りは、赤と白のユニフォームを着た人だらけだ。
きょろきょろしているうちに、キックオフ。加熱していくサポーターの声援や、突如(わたしには突如に思えた)声を合わせて歌い始める様子もまた楽しく、夫の解説を聞きながら試合を楽しんだ。
試合は、1-0でアトレチコ・マドリードが勝利。
楽しいサッカー観戦だった。
じつは、その後がたいへんだった。
夜9時、混雑を避けてタイムアップと同時にスタジアムを出たのだが、メトロの駅で間違えて反対方向の地下鉄に乗ってしまった。3つ駅を過ぎたところで気づき、反対の電車に乗り換えたのだが、気づくとまた反対方向へと進んでいた。映画『8番出口』を彷彿とさせるほど、ショッキングだった。
その後、スタジアムの駅が乗り換え地点になっていて、そこで乗り換えないことには帰れないのだとようやくわかった。
そこでの30分ほどのロスが、ピントへ帰るアトーチャ駅からのアランフェス行最終電車を逃すことになってしまい、国鉄レンフェを3回乗り継ぐ待つハメに。最後の乗り換え駅ビジャヴェルデバホでは30分待たされ、結局ピントのアパートメントに帰り着いたのは12時前になってしまった。
マドリードの電車に乗るのも慣れたと思っていたが、慣れたと思った頃が危ないのだと肝に銘じた。

スタジアム「エストゥデオ・メトロポリターノ」。

大きなアトレチコの旗が、青空にはためいていました。マドリード市の紋章「熊とイチゴノキ」のマークも。

赤が基調、ブルーが効いたきれいなスタジアム!

アトレチコサポーターだらけでした。

声を合わせて歌うアトレチコサポーターのみなさん。熱い熱い応援を送っていました。

午後7時、キックオフ。

1-0でアトレチコ・マドリードがジローナに勝利しました。ホーム最終戦のこの試合は、アトレチコの象徴的なエースとして数々のタイトル獲得に貢献したグリーズマンの引退試合だったそうです。

メトロのなかの注意喚起のボード「メトロを作るのはあなたです」。
「ヘッドホンで音楽を」「バッグを床に置かない」「電話口で小声で」「床に座らない」「席を譲って」「出口に立たない」とかかれていますが、みな普通に電話でしゃべっていて、誰も気にしていません。

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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