引き続き、小川洋子を読んでいる。
2009年に出版された、掌編を含む7編で編まれた短編集だ。
「海」
〈僕〉は、恋人の実家へ初めて訪れる。海辺の田舎町。彼女が「小さな弟」と呼ぶ21歳の彼は、〈僕〉よりも図体が大きい。その弟の部屋で眠ることになる。彼はぬるいサイダーをふるまい、ビデオを見てもいいかと訊ねた。動物番組だった。
僕が行ったこともない遠い場所に、僕とは似ても似つかない姿をした動物が生きていて、彼らもまた僕と同じように食べたり、家族を作ったり、眠ったり、死んだりするのかと思うと、それだけで安心なんです。
「風薫るウィーンの旅六日間」
フリープランで二十歳の記念にウィーンを楽しむ予定だった〈私〉は、同室になった60代の琴子に振り回されることになる。初恋の人が施設で最期のときを迎えようとしているから、会いに行きたいがひとりでは行けないという。しょうがなく同行するが、それは1日目だけで終わらなかった。
「バタフライ和文タイプ事務所」
和文タイピストの〈私〉は、欠けてしまった活字を手に、活字管理人のもとを訪れた。活字ひとつひとつを大切に扱う手と、すりガラスの向こうに影しか見えない彼に〈私〉は魅せられる。
やがて、彼のもとへと行きたくてドライバーで活字「膣」を壊してしまう。
「とても静かな活字なのです」
彼の声がすりガラスに小さな曇りを作りますが、目で形をなぞる間もなく消えてゆきます。
「静かなのですか」
私は問い掛けました。
「そう。無口に、ひっそりと、自分に与えられた場所を守り、決してそこからはみ出そうとはしない。まるで、巻き貝に潜む、深海の生き物のようだ」
私は深海の底について考えました。
「銀色のかぎ針」
祖母はいつも、何かを編んでいた。電車で編み物をする老婆を眺め、思い出す。
「缶入りドロップ」
生涯、バスだけを運転してきた男は、年老いて幼稚園バスを運転するようになる。5つのポケットでは、いつもそれぞれの缶入りドロップが揺れている。
「ひよこトラック」
声を、言葉を発しない少女と、彼女の祖母が営むアパートに暮らす男との交流。男は少女から、小さな抜け殻を貰い戸惑うが、やがて大切なプレゼントを貰うことになる。
「ガイド」
小学生の〈僕〉と暮らすシングルマザーの〈ママ〉は、観光ガイドをしている。とても優秀だ。ある日計画停電で〈僕〉をひとりにできないとバスに同乗させる。〈僕〉の隣に座った老人が、自分の職業は「題名屋」だと言う。
「忘れられない昔の出来事。切ない思い出。誰にも内緒にしている大事な秘密。理屈で説明できない不思議な体験。等々、何でもいいんだが、お客さんたちが持ち込んでくる記憶に題名をつけること、それが私の仕事なんだ」
「題名をつけるだけ? たったそれだけ?」
個人的には「ガイド」が、いちばん好きだった。
〈ママ〉が思っているより〈僕〉はずっと大人であり、老人や〈ママ〉の親友の「シャツ屋」の女性など脇役もとても魅力的だ。
悲しいほどに、ラストがあっけない小説ばかりを集められている小説集だった。
Kindleなので、写真も味気ないですね。
読書の秋に紅茶を。
娘の友達からもらった「心からのありがとうのおいしい紅茶」です。キャラメルの香りが甘すぎず、とっても美味しい。温まります。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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