料理を焦す、というと失敗のように聞こえるが、すべてに当てはまるわけではない。
「キャベツのバター炒め考」シリーズ2で、偏食だった妹が母のキャベツのバター炒めが好きだったのに、同じフライパンで、同じ塩胡椒で作ったわたしのキャベツのバター炒めに「これは違う」とダメ出しした理由。それが、母のは焦げていて、わたしのは焦げていなかったから。つまり焦していた方が好きだったという話だ。
それを知ってから、焦すのもまた調理法だと思うようになった。
大量にいただいた玉葱を、朝食の副菜に炒めた。わざと少し焦す。香ばしさがアップして、おいしい。もちろんほんのり焦す程度。真っ黒に焦げたトーストを食べるのとは、まったく違う。
豚肉の生姜焼きも、ちょっと焦げ目がつくくらいがおいしいし、チキンを焼くときも、ビジュアル的にも焦げ目がおいしさアップの役目を果たす。
原田ひ香の『喫茶おじさん』に、昭和のなつかしいナポリタンの作り方が載っていたが、ケチャップを焦すくらいじっくり炒めるのがコツとかかれていたように思う。(図書館で借りたので未確認だが)
というわけで、焦すという調理法を時折意識して楽しんでいる。

ちょっと焦した玉葱炒め。胡麻油で炒めて、塩胡椒しました。

その朝餉。いろいろおいしいんだけど、玉葱炒めがいちばんおいしかった。

玉葱炒め、これだけじゃなく、おかわりしました。

ちょっと焦げ目がついた豚肉の生姜焼き。

『喫茶おじさん』のレシピじゃないけど、ケチャップを入れてからじっくり炒めたナポリタン。

じっくり焼いて、ちょこっと焦げたタンドリーチキン。

カレーの夕餉でした。タンドリーチキンって、どうしてカレーと合わせるんだろう?

随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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