久々に、目を見張った。
初めて行ったラーメン屋でのことである。
「『豚火(とんか)って、ラーメン屋さんが美味しいんですよ」
甲府に出た際、若い友人に教えてもらい、立ち寄ってみた。
カウンター越しに厨房が見えるオープンキッチンなのだが、店に入った途端、30センチほどの中華鍋いっぱいに火が上がった。『豚火』という店名の由来なのか、鍋に火を回す調理法のようだ。店内は、肉と野菜が焦げたような香ばしい匂いがした。バーベキューのときの匂いと似ているかも知れない。
目を見張ったのは、注文した豚火ラーメン味噌味がテーブルに置かれたときだ。焦がした分厚いチャーシューに、目が釘づけとなる。食べてみると、スープの味もパンチがある。味噌ラーメンお約束の太麺もこしがある。美味かった。
「幸せ」と、心のなかでつぶやきつつ、ゆっくり味わう。そしておおかた食べ終えてから、気づいた。
「あれ? わたしのラーメンにおけるファーストプライオリティって、葱必須じゃなかったっけ」
ラーメンには葱がなくっちゃとこれまで思い続けてきたのだが、入っていたのは太いもやしとニラ、ほうれん草のみ。それなのに、葱がないことにさえ気づかず最後まで食べ終えてしまった。焦がした分厚いチャーシューの香ばしさに気をとられ、第一優先としてきた葱の存在すら忘れていたのだ。
「まったくわたしって、いつでも何かに気をとられちゃうんだよな」
思い出したのは、伊坂幸太郎の小説『ラッシュライフ』だった。
並走する5つの物語のなかで登場人物たちが、外国人女性のアンケートに答える。「あなたの好きな日本語を教えてください」
「夢」「夜」「力」「心」「無色」思い思いの胸の内から絞り出すようにかかれた文字たち。主人公のひとりは最後に考えに考えた末「イッツオールライト」とかいた。そして「日本語じゃありません」と女性に笑われる。彼が気をとられることは、何語だとかいう以前に、山ほど(例えば、住む場所も働き口もない自分、拾った老犬、なぜかポケットに入っている拳銃など)あったのだ。
木を見て森を見ず。
ひとところに目がいってしまうと、全体を見ることができない。しかしまあ、今回ラーメンは全体をみても美味かった。葱へのこだわりを考え直す分岐に立っているのだろうか。それにしても、ラーメンには気をとられるものが多過ぎる。
見た目も迫力ありますが、脂が焦げた香ばしい匂いがたまりませんでした。
『らぁめんつけめん豚火』名前負けしていません。
昭和通りを国母から走って左側。2015年7月にオープンしたばかりです。
ラーメンを食べたあとには、特茶(笑)
コンビニのレジで会計をすると、なんと「お嬢様」と呼ばれました。「くじをお引きくださいませ」十歳以上は年上のオーナーでしたが、300円を300万円という類いのなつかしすぎるギャグを思い出しました。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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