窪美澄の重たーい短編集。テイストは「雨」でまとめられている。
表題作「雨のなまえ」
〈おれ〉が結婚したちさとの両親は裕福で、娘の妊娠がわかると、まるでコンビニエンスストアで牛乳を買うように高級マンションを買ってくれた。母子家庭で貧しく育ちその母親とも縁を切った〈おれ〉は、どこか馴染めずにいる自分を持て余し、職場の家具ショップに来た客、マリモと関係を持つようになる。
「記録的短時間大雨情報」
中3の息子と、恋も性も感じなくなった同い年の夫に毎朝弁当を作り、パートに出かける毎日。そこに認知症の義母がプラスされた。夫は自分の親なのに、他人ごと。〈私〉は、夫の浮気相手から子を身ごもったと知らされたときのことを思い出す。自分だって、パート先の大学生と恋をしたっていいはずだ。
「雷放電」
青いガラスの蕎麦猪口から、必要最低限の音をたててそうめんをすする、茱萸のようなくちびる。
見るたびに、こんなに美しい女が自分のそばにいることを不思議に思う。
〈おれ〉は、美津さえいれば幸せだった。そう思っていたが、雷の閃光がすべてを思い出させてしまう。
「ゆきひら」
いじめを見て見ぬ振りしていた中学生だった〈自分〉は、中学教師となっていた。そこへいじめを受けていたユキと瓜二つのみるくが転校してくる。妻、戸紀子には虐待されていた経験があった。
ユキや戸紀子のようないじめられる女の子になぜだかひかれていくのは、大きな声では言えない自分の性癖のようなものなのかもしれない、とうすうす感じていた。そのことを恥じる気持ちもあった。
集団登山で女子と諍いになったみるくを追った〈自分〉は、ふたり遭難してしまう。
「あたたかい雨の降水過程」
夫と別居し、小学1年の息子を必死で育てる〈私〉だが、PTA役員の仕事を押しつけられ、その仕事をサボる母親と対立し、だが息子たちは仲がよく、いろいろ上手くいかない。夫までが別れないと言いだす始末だ。
結婚をして、子どもを産んで、自分が望んだことなのに、それなのに、ちっとも幸せじゃない。わがままなことを言い続ける私を泣きそうな顔で夫は見た。
「このままじゃ、自分がどんどん削り取られて、なくなっていくような気がする」
言えば言うほど、夫には伝わらないだろう、という気がした。自分でもその気持ちを言葉にするのが難しかった。
せっかくなので、雨の名前を『空の名前』から、抜き出してみよう。
雨(あめ)雲から落下する水滴
驟雨(しゅうう)にわか雨
春霖(しゅんりん)春の長雨
菜種梅雨(なたねつゆ)3月下旬から4月にかけて天気がぐずつく梅雨に似た現象
翠雨(すいう)青葉に降りかかる雨
麦雨(ばくう)麦が熟する頃に降る雨
時雨(しぐれ)晩秋から初冬にかけての通り雨
樹雨(きさめ)濃霧の林で木の葉から落ちる雨
天泣(てんきゅう)空に雲がないのに降る細かい雨、狐の嫁入り
『空の名前』には、この3倍ほどの雨の名前が載っていた。
表題作の〈おれ〉は、まだ見ぬ我が子に、どんな”雨のなまえ”をつけたのか。
顔のないずぶ濡れの女の表紙絵。
随筆屋。
Webライター。
1962年東京生まれ。
2000年に山梨県北杜市に移住。
2012年から随筆をかき始める。
妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。
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