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はりねずみが眠るとき

昼寝をしながら本を読み、ビールを空けて料理する日々

映画『死ぬまでにしたい10のこと』

1.娘たちに、毎日愛していると言う

2.娘たちが気に入る新しいママを、見つける

3.娘たちが18歳になるまでの、バースデイメッセージを録音する

4.家族と、ビーチに行く

5.好きなだけ、酒と煙草を楽しむ

6.思っていることを、言う

7.夫以外の男と、つきあう

8.その男を、夢中にさせる

9.刑務所にいるパパに、会いに行く

10.爪と髪型を、変える

 

映画『死ぬまでにしたい十のこと』。

23歳で余命2ヶ月との宣告を受けたアンがひとり夜更けのカフェでかいた10項目だ。アンは、誰にも病気のことを告げなかった。優しいが優柔不断でいつまでも無職の夫にも、幼いふたりの娘たちにも、過去を悔やむばかりの気むずかしい母親にも、ダイエットにしか関心のない同僚にも、新たに恋した男にも。

 

この映画を観たのは、2003年に公開されてすぐだった。

久しぶりに思い出したのは、イラストブック『村上ソングズ』を開いたからだ。

村上春樹が自らのレコードコレクションから厳選した曲の歌詞を翻訳し、エッセイと共に紹介。それに和田誠がカラーの絵をつけたという贅沢極まりない本である。

その一曲目に、ビーチボーイズの『God Only Knows』(神様しか知らない)が載っていた。

村上春樹はかいている。

この映画のそのシーンが、僕はとりわけ好きだった。その選曲の意外さにどきっとさせられたし、映画が終わったあとでも、そのなんでもないシーンが不思議に深く心に残った。そのように、登場人物が劇中さりげなく口ずさむ音楽ひとつで、映画の持つ味わいががらりと変わってしまうこともある。

アンが、夫へのメッセージを録音するなかで、歌うシーンだ。

もしきみが僕のもとを去ってしまっても
人生は まだ続いていくだろう でも 信じてほしい
そんな世界は僕にとって 何の意味もない

ひとつのシーンが映画の持つ味わいを変えるというところに、いたく共感した。だが、わたしのなかに残っている、この映画のワンシーンは、別のところにある。

テレビで、ひとり夜中に映画を観ていたら、不意に“筏ごっこ”のシーンになった。

床にあぐらをかいたアンが、娘達を抱いて叫ぶ。

目を閉じて。目をつぶったらスタートよ

大波が来た! 筏が揺れる!

ああ、川に落ちたわ

あれはなに? サメ?

襲ってくる! 川を海だと思ってるのよ

それはほんの一分に満たない、あるかなしかのシーンで、わたしは、この映画だということすら、すっかり忘れていた。

もう20代後半になった娘だが、幼い頃よく彼女を膝に抱き“筏ごっこ”をした。あぐらを組んだわたしが筏になり、娘はしっかりしがみつく。そして「大波が来た!」と叫び、娘を大きく左右に揺らすのだ。彼女はその“筏ごっこ”が大好きだった。

この映画だったのか。こんな些細なシーンから、わたし達の“筏ごっこ”は生まれたのか。呆然とした。

映画のなかから“筏ごっこ”だけがひとり歩きし、わたし達ふたりのなかに、わずかのあいだだったのかもしれないが、存在していたのである。

 

娘は今もまだ、“筏ごっこ”を覚えているだろうか。

いつか『死ぬまでにしたい10のこと』を、観るだろうか。死を目前にしたがために、自分を取り戻したアンの映画を。

 

☆エッセイ教室で提出したものです。テーマ「忘れられない映画とその思い出」でかきました。

☆画像はお借りしました。

〈cast〉

アン・マトランド【サラ・ポーリー】大学の夜間清掃員。2児の母。

ドン・マトランド【スコット・スピードマン】アンの夫。

リー【マーク・ラファロ】アンの新しい恋人。

『村上ソングズ』。カバーつきのおしゃれなイラストブックです。

『God Only Knows(神様しか知らない)』のページ。

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PROFILE

プロフィール
水月

随筆屋。

Webライター。

1962年東京生まれ。

2000年に山梨県北杜市に移住。

2012年から随筆をかき始める。

妻であり、母であり、主婦であること、ひとりの人であることを大切にし、毎日のなかにある些細な出来事に、様々な方向から光をあて、言葉を紡いでいきたいと思っています。



『地球の歩き方』北杜・山梨ブログ特派員

 

*このサイトの文章および写真を、無断で使用することを禁じます。

 

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